我輩は猫である。名前はキャッチという。もう一匹、シャノアールなんて、洒落た名前の黒猫がいる。俺たちの飼い主というか、同居人は千穂と云う学生だ。父親が単身赴任だとかで今、この家に居るのは、この一人と二匹だけだ。当然、千穂が学校に行っている間は留守番だ。猫が留守番なんてのも妙な話ではあるが千穂の頼りなさは筋金入りだからしょうがない。まぁ、外に出ようにも千穂の作った猫扉は失敗続き。空き巣にまで入られてるようじゃ無用心でしょうがない。 『ん? 誰か着たようだぞ』 『千穂が帰ってくる時間じゃねぇしな。また空き巣じゃねぇだろうな』 ん? 普通に鍵開けてやがるな。腕のいい空き巣か合鍵作っていやがったか千穂が忘れ物か・・・ 「千穂いるか・・・って今日は学校でしたね」 千穂の知り合いか? 『なんだ? どっかで見た顔だな』 そういやシャノアールの言う通りだ・・・誰だっけな。 「おやおや、猫さんが二匹・・・千穂も寂しかったんでしょうね。すみませんね、娘の為にこんなところで」 そっか、写真立てにあった千穂の親父さんだ。 「おやおや、キャットウォークの作りかけですか・・・。相変わらず不器用なようですねぇ」 そう思ったら何とかしてやれよ・・・。そのダンボールやら板やらの山ってキャットウォークだったのか。猫に犬小屋でも作る気かと思ったぜ。 「まぁ、不器用は私譲りだから仕方ないですかね」 ・・・親父さん譲りかよ・・・ 『どうしたんだ?』 『千穂の不器用はDNAの影響らしい』 『そりゃ仕方ないか・・・ってDNAって何だ?』 はぁ・・・お前も元は飼い猫だろうに・・・って人間の言葉が判らないんじゃ、こっちも仕方ないか。 「さてと、少し片付きましたね。私は部屋にいますから・・・って言っても判らないですね」 いや、判るんだが・・・出入りが出来ないから意味はないな。
「ただいま〜・・・あれ? 靴? 父さん、帰ってるのぉ?」 やっとお帰りか。 「あぁ、お帰りなさい。勝手に上がってるよ」 「何言ってるの? 自分の家なんだもん、勝手も何もないじゃない」 千穂の言う通りだな。自分がせっせと稼いで建てた家なんだろうに。誰に遠慮が要るんだってんだ? 『なぁ、キャッチ』 『なんだ、シャノアール?』 『言葉が判るからって、そう人間の生活に首突っ込むことはねぇんじゃないか?』 ん? こいつ何が言いたいんだ? 『人間なんかの言葉の判らない俺には判らねぇけどよ。お前は千穂のこと、気にしすぎじゃないか? 猫が人間に気を遣うことなんてないんだぜ』 そうかもしれねぇな。最初っから気苦労の絶えない奴だけど猫が気にしなきゃいけないもんじゃぁない。 「ねぇ、千穂。一緒に暮らしませんか?」 「えっ? 冗談でしょ。学校だってあるんだし・・・」 「そ、そうでしたね。卒業したらでいいんですが」 どうやら、おりいった話らしいな。 「急にどうしたの?」 「あ、いや、いいんです」 なんか様子が変だな。 『世話のやける奴だな。そんなに気になるなら俺が調べてやるよ』 『お前じゃ言葉も判らないだろ? 俺が行くっ』 「あ、キャッチ、そっちはお父さんの部屋・・・」 まったくシャノアールも気が効くんだか効かないんだかな。調べるってどうする気だったんだ? 言葉も判らないくせに、あいつ。 「かまいませんよ。猫さん一匹くらい部屋に居ても。食事やトイレになれば自分でこちらの部屋に戻るでしょうしね」 それって出入りはどうするつもりなんだ? って・・・直してあるじゃん、猫扉。どこが不器用なんだか。志穂に比べりゃ結構器用じゃん・・・って比べる相手が悪すぎるような気もするけどな。 「とりあえず家の中の出入りはこれで出来るでしょ。私の部屋は扉を少し開けておくことにしますから」 ん? 誰に言ってるんだ? 志穂? は首を横に振ってるから教えた訳じゃないか。
「えっと・・・三毛猫さん・・・じゃない、キャッチさんでしたっけね。居ても構いませんから汚さないでくださいね」 当たり前だ。誰が汚すかよ。後が面倒なのはこっちもゴメンだ。あんまり言葉も判らないシャノアールと千穂だけで放っておくのも、それはそれで心配だしな。あいつにも言葉を覚えてもらった方がいいのかねぇ。でも、それで人間に関わりすぎるようになっちまうのも気の毒だよな。 「まぁ、猫さんに言っても判らないでしょうけどね・・・。3年ほど海外赴任が決まったんですよ。国内でしたら、ちょっとした時に帰ってくることも出来ますが海外ともなると中々様子も見られませんしね。親としては一人娘が心配な訳です」 そりゃそうだろうな。ましてや、その一人娘が千穂ときてるんだからな。不安この上ないだろうな。 「でも、あの娘にはコピーライターになりたいって夢もありますしね。どうしたものでしょうか・・・」 ヲイヲイ・・・猫に相談するなよな。っていうか愚痴聞きに来たんじゃねぇぞ。そんな幼子でもないんだし自分で決めさせてもいいんじゃないのかねぇ。っていうか、あんたも自分で決めろよって感じだけどな。 「あなたに、ぼやいても仕方ありませんね」 そう思うなら最初から、ぼやくなよ・・・。まぁ、おかげで知りたかった事は大体判ったけどよ。にしても娘が娘なら親も親だよなぁ。人間って、こんな手間の掛かる生き物だったっけ? まぁ、どうでもいいけどな。問題は正直に千穂にこのことを伝えるべきかどうだよな。
『で、俺に相談か?』 『他に居ねぇだろうが』 『そりゃそうだろうけどな。俺に相談したって、んなもん答えが出る訳ないだろ?』 そうだよなぁ・・・。だからって千穂に直で聞く訳にもいかねぇんだしなんとかしねぇとな。 『お前自身はどう思うんだよ?』 『あいにくペットショップ生まれで親のことなんざ、覚えちゃいねぇからな。ここはハッキリ言っちまって本人に決めさせるってのが妥当で責任ねぇんじゃねぇか』 誰も端から責任負えなんて言ってねぇってぇの。でも、本人に決めさせるってのは手か・・・でもなぁ・・・千穂だからなぁ・・・。
「“おい”」 「なに?」 「“おやじさん かいがいふにんらしい”」 「えっ?! 何週間くらだろう?」 ヲイヲイ、それじゃ赴任じゃなくて出張だろうが。 「“さんねん”」 「え〜じゃぁ、暫く帰って来れないんだ・・・」 そうじゃねぇんだって。 「“ちほを むかえにきたらしい”」 「えっ・・・って、キャッチどこ行くのよぉ」 こいつは千穂と親父さんの問題だ。猫が口挟む問題じゃねぇからな。 『おい、口挟んで逃げるのか?』 『うるせいっ、言わなきゃ判らないことを人間が言わないから、代わりに伝えてやっただけだ。後は自分等で判断すんだろ』 うるさい黒猫野郎だ。 『で、お前の気持ちはどうなんだ?』 『俺の?』 『そうさ、お前のだ。俺と違って自分の気持ち、伝えられるんだからよ。千穂に言っといた方がいいんじゃねぇか?』 余計なお世話だ。 『俺たち猫の気持ちなんざ、どうでもいいって』 そうさ・・・人間が猫に振り回されてどうするってんだ? 俺たち猫だって人間に振り回されるつもりなんてないんだしな。
「突然だよなぁ・・・。私にだって学校もあるし夢もあるし・・・でも、3年は長いしなぁ。まさか直接、お父さんに相談する訳にもいかないし・・・。キャッチも相談くらい乗ってくれればいいのに」 そんなところで、ぼやいても俺には何も出来ないぞ。聞いてるのを承知で言ってるんだろうけどな。 「ねぇ、キャッチ、どうしたらいいと思う?」 ほら来た。そんなこったろうと思ったぜ。でもな、猫にどうこう出来る問題でもねぇのは判ってるだろうに。 「“しるか”」 「そんなこと言わないでよぉ」 猫に頼るなよなぁ。猫ならお前の歳には自立してるんだぞぉ。そもそも人間と話せる猫がいるなんて状況の千穂の方が特殊な状況なんだから相談相手にする方が間違ってるてなもんだ。 「“じぶんはどうしたいんだ”」 「それを迷ってるから相談してるんですけどぉ」 「“おれたちがじゃまならでてくぞ”」 「誰も、そんなこと言ってないじゃないですかぁ」 『何、人間泣かしてんだよ?』 『うるせぇ、勝手に泣いてやがるんだ』 まったく、何で俺が悪者みたいにならなきゃならねぇんだよ。だから人間と暮らすなんてのは面倒なんだよな。こんな世話の掛かる生き物他にいねぇぞ。
「おや、キャッチさん。忘れ物ですか?」 この親父さん、本当に俺が言葉が判るって知らないのか? 疑いたくなるくらい普通に話し掛けてくるよなぁ。 「どうやら、千穂に言っちゃったみたいですね?」 なんなんだ、この親父・・・ 「にゃぁ・・・」 「そうですか。話しちゃったんですか…。迷ってたでしょ、あの娘」 確信犯か、こいつは?! なんだって人間が猫の言葉が判ったりするんだよ?! 「何か疑問ですか?」 疑問ありありだっての。 「人の言葉の判る猫が居るなら、猫の言葉の判る人が居ても不思議じゃないでしょ?」 そう言われてみればそうか・・・じゃない、俺の存在が不思議なんだから、親父さんの存在だって不思議なんだよ。 『判るなら判るって先に言ってくれよな』 「あぁ、すみませんね。娘には知られない方がいいだろうと思って。頭おかしくなったとか心配されそうじゃないですか」 そりゃそうだな。いや、そうでもないかもしれないぞ、千穂のことだしなぁ。
**************************************
申し訳ありませんが作者の都合により無期休載ということに・・・
|
|