小高い丘の上から黒尽くめの少年と黒猫と烏という怪しい一行が眼下を見下ろしていた。 「こりゃまた、随分と寂れた村だねぇ」 いつの間にか黒猫の姿は消え、少年と似たような黒尽くめの少年が立っていた。そのカイムが言うのも無理はない。店らしき店も見当たらない。見えるのは畑と森と、目立つ建物は教会くらいなものだ。 「とりあえず、依頼人に会ってくる」 そう言って黒尽くめの少年、亞門はカイムに視線を向けた。カイムも、やれやれという感で再び黒猫へと姿を変えると村の様子を探りに出た。と同時に烏の姿も消えていた。亞門は依頼書の地図を頼りに村長の家へと向った。
「どちらさんかね?」 あまり、よそ者が訪れることがないのだろう。覗き窓を開けた老人は不信そうに亞門をジロジロと見ていた。 「あんたが村長か?」 「・・・死臭もせんし言葉も話せるようだな。どうやら死人ではないらしい・・・血色は悪いがな」 どちらかといえば亞門より村長の方が血色は悪そうだった。が、いちいち突っ込む気にもならない。村長は扉を開けると亞門を招き入れた。 「あんたが御子神亞門さんだろ? いや、今時この村を死人以外が訪ねるなど、ありえんからな」 「さっきから、死臭だの死人だのと・・・依頼内容はゾンビ退治か?」 「まぁ、そんなとこだ」 そう言いながら村長はお茶を差し出した。見た目は紅茶のようだが香りからすると違う葉を発酵させたもののようだ。味もやや癖がある。だが、そんなことも気にしていられなかった。 「この村の墓へ案内してもらえるか?」 亞門にそう言われると村長は簡単な村の地図を差し出した。 「すまんが、それで行ってくれんか。なに、教会を目印に進めばすぐだ」 確かに丘の上からも教会はすぐに判ったし、霊園でも無いのなら墓場は教会の傍というのも妥当だろう。ましてゾンビ騒ぎがあるのに近づこうとしないのも判る。 「その教会に神父か牧師は居るのか?」 「・・・ゾンビに最初に襲われたのが神父でな」 墓場から一番近いのだから妥当だろうという反面、神父が何も出来ずに?という疑問もあった。 「まぁいい。行ってくる」 亞門は一人で教会へと向った。
教会の手前で一匹の黒猫が待っていた。それがカイムであることは、すぐに判った。 「猫の姿のままとは賢明だな」 「よそ者には警戒心が強そうだからな。それより、この騒ぎの元はゾンビじゃなさそうだ」 「だろうな。おそらくは死霊使い(ネクロマンサー)…居所は教会の中だ」 「その通りだ。何の為に俺が探りに出てるのやら」 半ば呆れ気味のカイムだが、そこまでは想像するに難くないだろうことも見当はついていた。突然、ゾンビが単体で現れるというのは考え難い。問題は誰が操るか。数ある選択肢の中で一番、想像しやすいのがネクロマンサーだろう。そして、この狭い村で今現在、一番ひと気のない場所が墓地に隣接している教会である。 「そんな所でコソコソしていないで出来たらどうだ?」 教会入り口を示す看板の陰から少女が一人、姿を現した。 「シ、シスター・セラフィーヌ・フローレンと申します。しゅ、修道会から派遣されて着ました」 セラフの返事を聞いているのかいないのか。亞門は教会へと歩を進めた。 「待ってください、あの教会には・・・」 「おい、亞門?」 「放っておけ」 カイムも仕方ないと諦めた。が、セラフの方は諦めるどころか亞門のの後をついて来る。呆れたように亞門は足を止めた。 「邪魔だ、ついてくるな。これは俺の仕事だ」 「そうはいきません、私だってお役目です」 「・・・勝手にしろ」 結局、亞門とセラフは教会の中へ、カイムは周辺を探りに行った。重い扉だが鍵は掛かっていない。押し開けると中にはロウソクが灯っていた。 「おや、礼拝ですか?懺悔ですか?」 そう声を掛けてきた音は神父の格好をしていた。 「あ、あたしは修道会から派遣されて来たシスター・セラフィーヌです。神父様がゾンビに襲われたという噂を確認しに来たんですが・・・」 半ば呆れたように溜息を吐いた亞門だが、神父の返事を待った。セラフは、そんな亞門の様子に気づいてはいない。 「私がゾンビに? 私は現にここに居ますからね。早速帰って、その噂は過ちだったと報告してくださいね」 再び亞門が呆れたように溜息を吐く。今度はセラフも気づいたようだ。 「よく、そんな言い逃れを口に出来るな。死臭がここまで漂ってるぜ」 「おや・・・コロンが足りなかったですかね。それとも地獄耳ならぬ地獄鼻ですか?」 「雑魚に用はない。貴様の主は何処だ?」 「神父の主は天にまします・・・などとは言いませんがね。この永遠の命をくださった方を売る気もありませんよ」 そう言うと椅子の間から多数のゾンビたちが姿を表わした。 「何が永遠の命だ・・・一度死んだ身でっ」 「だからだよ。二度と死にたくはないっ」 「キャッ」 「そこから動くなっ」 亞門が叫ぶとセラフの足元に魔方陣が描かれていた。どうやらゾンビも、その中に足を踏み入れることは出来ないらしい。 「おや、御自分はよろしいのですか?」 薄笑いを浮かべた神父が聞いた。その様子を見ながら亞門は白銀に耀く剣を取り出した。 「どうやら死霊は貴様だけで、あとは骸のようだな?」 「御名答。そして、あなた達も骸の仲間入りさせて差し上げますよ」 「悪い冗談だな」 亞門が剣を一閃するとゾンビたちの動きが止まった。 「?!」 「別に俺は神の側の人間ではないのでね。ネクロマンサーの手の内くらいは知れている」 ゾンビたちはその場で土塊と化していった。 「こんな所に来るのはエクソシスト辺りかと思ったが・・・ウィザードか?!」 「俺の名は御子神 亞門。アブラメリンの神聖魔術とソロモン王の秘宝を継ぐ者だ」 再び亞門が剣を一閃すると神父もまた崩れ始めた。 「ば、ばかな・・・二度も死ぬのは嫌だ・・・」 「貴様も聖職にあった身なら悟るのだな。魔に組した者の末路を。地獄に着いたらベールゼブブやボトクによろしくな」 そんな亞門の言葉を最後まで聞くこともなく神父の姿は崩れ落ちていた。 「あの・・・もう、出てもいいですか?」 魔方陣の中のセラフが恐る恐る尋ねた。 「・・・あぁ。どうやら本命は既にここには居ないようだからな」 「え?」 「死人を操り、死人を増やすことで操る死人を増やす・・・それが目的だとするなら、こんな小さな村は実験段階だろう。ネクロマンサーの狙いは、もっと大きな街のハズだ。俺は奴を追う」 「あたしも連れていってください」 「足手纏いはゴメンだ」 そう言い残すと亞門の姿は一瞬にして消えてしまった。 「・・・きっと見つけてやるんだから」 ネクロマンサーの姿は既に無く、その寄り代たる神父も倒れた為に村には元の静けさが戻っていた。しかし、亞門にしてみれば、まだ依頼は片付いてはいなかった。
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