「お待たせしました。」
戻ってきたサラは確かに用意を済ませてきたようだ。 先程までの清楚な神官服姿ではなくなっている。
「サラさん?その格好はいったい…。」
一行が驚くのも無理はない。 ただ返事を書いて持ってくると思っていたのである。 しかし彼らが目にしたのは白銀の甲冑に身を包み、すっかり旅仕度を整えたサラの姿だったのだ。
「あなた、聖戦士だったの?」
‐聖戦士‐
特にルミスの神官戦士を指す呼称である。 ちなみにアロンの神官戦士は『聖騎士』その他の神に仕える神官戦士はただ単に『神官戦士』と呼ばれる。
「えぇ。」
コクリと頷くサラ。
「書状の内容は、聞かないと言うのですから明かしません。ただ、書状にはこうあります。『返事は直接持ってくるように』と。私が戻らなければ‘返事を持ち帰った’事にならないでしょう。一杯食わされましたね?」
サラはコロコロと鈴の音のように笑う。 穏やかな笑みだ。
「そんなぁ…。」
してやられた、という表情を浮かべながら溜め息まじりのリーファ。 これでは護衛しない訳にいかないではないか。 ‘持ち帰る’と契約した以上、護衛代を追加請求する訳にもいくまい。
『あんの狸親父…。』
歯ぎしりが聞こえてきそうだ。
「ご心配には及びません。一人旅には慣れていますから、護衛の必要はありませんよ?」
余裕の表情のサラ。
「そういう訳にはまいりません。命を狙われる旅になるのでしょうから。」
いっぱい食わされようがどうしようが、それが仕事ならやり抜く。 実にアルらしい。
「それならば、旅をご一緒しましょう。護衛などと思うと面白くないでしょう?」
サラの意見に一同は賛同した。
表に出ると馬が用意されていた。 白馬だが脚先は黒毛である。 荷物と共にランスが結わえられている。
「黒脚の白馬…、ランス…、ルミスの聖戦士…、サラ…、サラ…?」
馬を見てからなにやらボソボソ言っていたアルが急に大きな声を上げた。
「そうか!」
驚く一同。 意に介さずアルが続ける。
「お人が悪い。それならそうと先に言ってくれれば良いものを。それならば確かに護衛など要らないのかもしれない。」
ひとり納得がいった様子のアルに他の二人が詰め寄る。
「一体なんなの?」
と、リーファ。
「ねぇ、なになに?」
と、リノ。
「この人はね。最上位‘フルムーン’の称号を持つ数少ない聖戦士のうちのひとり、‘サラ・ザ・ホワイトシャイン’その人なんだよ。ほら、胸に満月の紋章があるだろ?」
「大袈裟ですね。」
サラは苦笑いだ。
「確かに私はフルムーンのサラ。ホワイトシャインと呼ばれる事もあります。でもそれだけですよ?そんな事より。さぁ、行きましょう。」
馬に跨がり歩を進めるサラ。 慌てて三人が後を追う。
街を出て程なく、サラが歩を止めて辺りを見回す。
「さて。この辺りならいいかしらね?」
ランスを手に取る。 少し開けている場所だ。 ランスによる突撃(チャージ)もできるだろう。
リーファもすでに剣を構えている。 リノは短剣を抜き呪文‘クリティカルアップ’を唱える。 敵の急所に攻撃が当たりやすくなる。 大きな攻撃力を持たない盗賊の必須呪文だ。 アルは‘正義の誓い’を立てている。 正義の神でもあるアロンにこれから正義の戦いをする事を誓い悪属性の敵に対する味方の攻撃力が5ポイントプラスされる、といった類のものだ。
「ばれてたのかい?しょうがねぇ。やっちまいな!」
お決まりとも言える台詞を掛け声にワラワラと涌き出してくる追っ手たち。
「この数相手にランスを振り回そうってのかい?お嬢様ってのはしょうがねぇな。」
この男が一団の頭なのだろう。 曲刀をゆらゆらと揺らしながら小馬鹿にした様子でニヘラニヘラと笑っている。
「御託はそこまでです。」 サラのランスからまばゆい光が放たれる。 光が束になって追っ手たちを襲う。 目が眩むばかりの閃光が追っ手たちを包み込む。 やがて光はゆっくりとおさまっていく。 茫然と立ち尽くす追っ手たち。
「俺たち、ここで何やってたんだ?」
「なんか悪い夢を見てたような…?」
口々に毒気を抜かれた声を上げている。
「行きましょう。」
平然と立ち去るサラ。 追っ手の追撃の気配はない。
「どうなってるの?」
不思議がるリーファにサラは言った。
「邪悪なる精神の精霊を浄化する聖なる光です。」
と。 それ以上の説明はない。
その後も幾度となく追っ手に襲われたが、ことごとく退けた。 正直なところアルたちの出番はほとんどなかった。 一行はエルストイに何事もなかったかのように到着し、アルたちの仕事は終わった。
結局のところ、よくある御家騒動であるようだ。 サラが家に戻った事により、また一波乱あるだろう。
「お金持ちってのも大変ね。こんな騒動に巻き込まれるなんて。」
リーファが呟く。 自分たちが騒動の渦中に身を置く冒険者である事など忘れているかのように…。
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