「ここが‘黄金の剣亭’か。」
蒼の戦士は一人旅が長かったせいか独り言が多い。 暫く前までなら答える者などいなかったが、今は旅伴がいる。
「そうみたいね。剣の形の看板にそう書いてあるもの。」
炎の戦乙女である。 ちなみに名はポルという。
「ポル!暑いから出てくるなと言ってるだろう?」
そう言うグレイスの様子は、しかし満更でもなさそうだったりする。
「いいじゃない。精霊石の中にばかりいるのは退屈なんだもの。」
精霊石というのは精霊の力を強く宿している宝玉である。 どうしてもついて行くと言って聞かないポルに根負けし、『精霊石の中に入っているなら』という条件付きで連れてきたのだが…。 正直その条件が守られているとは言えそうになかった。
「まぁ、いい。入るぞ?」
グレイスは精霊語でそう言った。
普通の人には精霊の姿が見えない。 ごく一般的に使われている共通語で話していると周りにおかしいと思われてしまう。 実際、さっきの一言を聞いて何人か振り向いたのだ。 あまりいい顔をされなかったので普通の人間には聞き取れない精霊語に変えた、という訳だ。
呪文詠唱の時に使う精霊語は人間が使いやすいように言語形式になっているが、精霊の本来の言葉は自然の音だ。 火が燃える音、水が流れる音、風が吹く音、大地が軋む音…。 それらは皆、精霊たちの言葉だ。 一部の精霊使いたちはその音を正しく発声し精霊と会話をする。 グレイスもその術を身につけていた。
「は〜い。」
精霊は全ての言語を理解するので、どの言葉で話し掛けられても同じ事だ。 ただし、本来の精霊たちの言葉に近い程親密度は増し、より呼び掛けに応じてもらいやすくなる。 つまり呪文の成功率があがる、とも言える。
「いらっしゃい。」
店に入るとカウンターの中から声がかかる。 一階が酒場、二階は宿になっている典型的な冒険者の店。 冒険者に仕事の斡旋もしているらしく壁に求人の案内が貼られている。 カウンターの中には髭を生やした中年の男性が一人。 おそらくマスターなのだろう。 ただ、マスターらしき髭の男は頭をコクリと下げただけで一言も発する事なく黙々とコップを磨いている。 声をかけたのはカウンターの壁にかけられている黄金色の剣の方なのだ。
「初めて見る顔だね。何か飲むかね?それとも仕事を探しているのかな?今ちょうど新しい仕事が舞い込んできたところだよ。この仕事はお勧めだ。トロルの生け捕りなんだがね、報酬が…。」
よく喋る剣だ。 放っておくといつまででも喋り続けるのかもしれない。
「酒をもらおう。仕事は間に合っている。」
グレイスの返答は素っ気ない。 髭の男が酒を出してくれた。 「どうぞ」と一言。
「一人で旅をしてるのかね?この辺りは物騒だ。仲間を探した方がいい。そう言えば先日仲間を探しているという魔法使いが来ていたよ。どうだい?紹介しようか?あぁ、そうだ。神官もいたねぇ…。」
喋り続ける黄金の剣。 この店の名物だ。
「あぁ…。いや…。」
グレイスは生返事を返しながら聞くとも無しに聞いていた。
「おや、久しぶりじゃないか。」
店に新しい客が入ってきてグレイスはやっと開放された。 半刻程金色の剣のお喋りに付き合わされたのだ。
入ってきた客にチラリと目をやるグレイス。 黒いローブに長い杖。 どこからどう見ても魔法使いという姿の男だ。
「あぁ、久しぶりに戻ってきたんだ。何かいい仕事入ってるかい?」
男が尋ねると金色の剣は先程グレイスにしたのと同じ説明をした。
「トロルの生け捕りねぇ。」
気乗りしない様子で壁に貼られた案内を見にいった男が血相を変えてマスター(らしき男)に詰め寄る。
「紹介してくれないか?」
「その奥に座ってるのが依頼主の使者だ。紹介しよう。」
運命の瞬間に偶然居合わせていたりする蒼の戦士だった…。
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