「リーファ、起きて!」
幼馴染みの体を揺すりながらカムリが叫ぶ。 リーファはなかなか起きない。 カムリには困惑の表情が浮かんでいる。
リーファは歴戦の戦士である。 危険が迫っている事を察知して実は既に起きているのだが、少し遊び心を出していた。
『だってあんなに待たされたんですもの。少しくらい困らせないと面白くない!』
それにもう一つ…。
『せっかくだからちょっとくらい暴れたいし。魔法を使えなくなったおバカちんを護ってあげるってのもいいかも…?』
眠ったフリをしながら肩が笑いで揺れそうになるのを必死に堪えていたりする。 そんな事とは知らないカムリはリーファを起こそうと懸命に努力していた。
「起きてってば!追っ手が迫ってるんだよ?早く逃げないと!」
もう少し…、と余裕をかましているリーファ。
しかし…。
「そうも言ってられないね。逃げるよ?」
突然起き上がったリーファは戸惑うカムリの手を引き空へと舞い上がる。
「いったいどうしたの?」
何がなんだか分からず尋ねるカムリ。
「後ろを見てみて?」
リーファはあいている方の手で後ろを指して答える。
「なんだ?あの派手な鎧は…?」
思わず体勢を崩しそうになり耐えるリーファ。
「あなたって人は!どこに注目してるのよ?」
「でも、真っ赤だよ?注目してくれって事じゃないの?」
「それはそうだろうけど…。今はそんなんどうでもいいの!」
後ろを振り返ったカムリが目にしたのは、色あざやかな真っ赤な鎧を身に纏った戦士が後を追って来る姿だった。 当然、迫って来る敵に驚くのだろうとリーファは思っていた。
先刻。 狸寝入りを決め込んでいたリーファは、ただならぬ殺気を感じ取り飛び起きた。 慌てて飛び立ったが思ったよりも近付かれたらしい。 もう、すぐそこまで迫っている。 その危機感が全く伝わっていないのだろうかと脱力を感じたのだ。
『鎧の色なんて言われて初めて気付いたわ。いったい何を見てるんだか…。』
逆に。 カムリにとっては追っ手がいるのは当たり前の事だ。 振り返った瞬間に新手が来たという事も理解した。 リーファが逃げているくらいだから何かあるんだろう、とも思う。 戸惑ったのは寝ていると思ったリーファが飛び起きたから、に過ぎない。 もう一つ言うと、「そうも言ってられないね」の意味が分からなかったのだ。 すでにリーファが対処に入っているのだから任せておけばいい。 それよりも、あの色はどういう事だ? …という事なのである。
「まぁ、いいわ。降りるよ?」
もうすでに降りる体勢に入りながらリーファが言う。
「あぁ。」
カムリは一言頷いただけだった。
精霊使いは魔法を使う時、必ず片手をあけておかなければならない。 呪文だけでは口先だけの失礼な奴だと思われて精霊が言う事を聞いてくれないからだ。 追い付かれて斬りかかられると対処のしようがない。 迎撃するならこの辺りが適当だろう。 ここまでくれば他の追っ手も来れない筈だ。
「下がってて。」
カムリにそう言い放つとリーファは剣を抜いて追っ手が降りてくるのを待った。
「定員オーバーだね、お嬢ちゃん。」
軽い口調で声をかけながら降りてきた追っ手の姿を見てリーファの顔から血の気が引いていく。
「なんでこんなとこにあんたがいるの?なんて愚問なんでしょうね…?」
「ほぉ?誰かと思えば。世間ってのは狭いもんだねぇ。」
二人の間に緊迫した空気が流れる。
頭上には黒いフクロウが寂しげに空を飛び回っていた…。
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