「それにしても…。ジジ様ともあろうお方が防戦一方とは。」
狂戦士化したルーツの尋常ならざる剣撃を的確に受け止めながら、更に話をする余裕を見せるディプレス。
「余計なお世話じゃ。厭味を言う為にわざわざ来たのかの?」
どことなく雰囲気の似た二人である。
「とんでもない!あまりにも帰りが遅いのでお迎えにあがったのです。」
信憑性に欠ける、と感じるのはヘラヘラと笑っているからだろう。
「なんであんなに余裕なのよ?」
リーファは少し呆れた様子だ。
「ぁ…ぅ…。」
カムリは咆哮の影響でまともに喋れない。
「どうしたの?」
心配そうなリーファ。 カムリはただ穏やかにかぶりを振るだけだ。
「なら、いいんだけど。」
長年の付き合いだ。 それだけで伝わるものがあるのだろう。
「ともかくこれで帰りの心配はせんでいいじゃろう。そっちは任せても大丈夫じゃな?」
老師が問い掛けるも、返事を待つつもりなどないようだ。 すぐに呪文の詠唱を始める。
「もちろんですとも♪」
これまた返事を聞いていようがいまいがお構いなしといった風のディプレス。 しかも、どう見ても楽しんでいる。
実の所、それほど余裕がある訳ではなかった。 まだまだ粗い剣筋のおかげで受けきれているものの、やはりその人間離れした剣速は脅威だ。 しかし、ディプレスは困難な状況であるほど燃える男なのだ。
幼い頃から厄介事が身の回りで絶えた事がなかった。 最初は嫌で仕方がなかった。 しかし幾つもの危機を乗り越え死地を脱するうちに気づいたのだ。 困難を打ち破ってこそ真の喜びがあるのだ、と。 いつの頃からか困難を楽しんでいる自分がいた。
『魔界の王よ。いい鉾を持っとるのぉ。ちっとばかし投げてみてもらえんかの?その威力を見れば皆惚れ惚れするじゃろうて。』
魔王の鉾を呼び出す呪文、‘サモンデーモンズスピア’である。 エネルギーの塊が鉾となってスオンを襲う。 直撃、である。 しかし、まともに攻撃を受けたスオンの姿は揺らぎ立ち消えてしまった。
「空蝉とはの…。」
力を落とす老師を嘲笑うかのようなスオンの声が聞こえてくる。
「ここはいったん引いておきましょう。また、お会いする事になるでしょう。」
くくく…。 最後まで陰欝さは変わらない。
ちょうどその頃、二人の戦士の勝負も決着の時を迎えようとしていた。
「直線的な動きばかりでは見切られちゃうと前にも言っただろ?」
剣豪に強い憧れと嫉妬の念を抱いていたルーツは、一度ディプレスと手合わせした事があった。 全く歯が立たず、悔しい思いをしたルーツ。 そこをスオンに付け入られたのだ。
『剣豪に勝つ為に厳しい修行を積んだってのに。』
あの時。 屋敷で自分の無力さを知り茫然としていたルーツに物見の水晶を見せながらスオンが言った。
「もうすぐ剣豪ディプレスがやってきます。彼を倒したいとは思いませんか?あなたはまだ自分の力を出し切っていない。これをつければ真の力が目覚めるでしょう。」
ルーツに迷いはなかった。 「ぐぁ!」
獣じみた気合いと共にルーツが渾身の一撃を放つ。 ディプレスはその一撃を待っていた。 ルーツが一番得意とする剣筋だ。 柔らかく刀身を滑らせるように受け流す。 ほんの少し、ルーツの体制が崩れた。 すかさず懐に入り込むディプレス。 体制を立て直し剣豪の一閃を避けるだけの時間は、ルーツには与えられなかった。
「剣豪…ディプレス…。」
息も絶え絶えになりながら最後の力を振り絞ってルーツが話し掛ける。 ルーツの方を見遣るディプレス。
「ありがとよ。最後にあんたと手合わせできて…よかった…。」
ディプレスはただ静かに大きく頷いた…。
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