「なにあれ!」
巨大なミミズから目を背けるように老師とルーツの戦況を見ていたリーファが素っ頓狂な声を出す。 その間もカムリは小さな魔法を出しつつ魔物たちを牽制し続けている。
「誰に言ってるんだよ?この状況で見れるか、って…。なんだ、ありゃ!」
それでも目の端にチラリと見えた‘それ’はかなり異様な光景だった。
「剣が燃えてる?」
ルーツの剣が激しい炎を纏っていたのだ。
「あれ、初めて見るのか?」
カムリが尋ねる。
「あんなに燃え上がってるのは初めて。」
術者の剣に炎を纏う‘ファイア・ブレード’という呪文だ。 それ自体はかなり一般的に使われていてそう珍しくはない。 だが炎を纏うといっても通常は刀身が熱くなる程度なのだ。 ルーツのそれは精霊剣‘ヒート・ブレード’に呪文‘ファイア・ブレード’をかけることにより威力を増す。 それでもリーファが見た事があるのは刀身にチロチロと炎がたゆたうくらいのものだった。
「あれって伝説の剣にも負けないんじゃ…?」
「確かによく燃えてるけど、あの程度じゃね〜。。。」
「まだまだ、って言いたい訳?」
思わず返答してからふと気付く。
「どちらさま?」
あまりにも自然に会話に入ってきたのでつい受け答えしてしまったのだ。 殺気が全くないので柔らかな口調になる。 その容姿がそうさせるのかもしれなかった。 背がリーファよりもかなり小さい。 幼く見える顔と相俟ってまるで子供のようだ。
「僕かい?僕はただの通りすがりの魔法戦士さ。」
へへっ、などと軽く笑いながらどこかで聞いた事のある台詞をさらりと口にする。
「ま、そんな事より。ジジ様を助けないとね。」
小さな魔法戦士はタタンと地面を蹴り老師のもとへと向かう。 洗練された身のこなしだ。 あっという間に魔物の群れを擦り抜けていく。
「待って!彼の攻撃は魔法の武具でないと…。」
受けられない、とリーファは言おうとしたのだ。 その忠告は的外れであったが。 移動しながら抜刀した剣が鞘から抜けたと同時に激しく燃え上がる。 天をも貫く程の勢いだ。 抜刀ついでのひと振りでその一帯の魔物が黒焦げになっていたりする。
「伝説の…剣…?」
炎を纏う伝説の剣‘フレイム・ブレード’は唯一その所在が明らかになっている伝説の剣として有名だ。 持ち主の名は、ディプレス・ザ・レッドフレイム。 剣豪と謳われ、当代最強の戦士の一人に数えられている。
「という事は、あれが剣豪ディプレスなの?あんなチンチクリンだったなんて…。」
憧れの戦士が自分より背が低かった事に悲壮感を漂わせるリーファ。
「どうでもいいけど。ミミズ以外なら相手できるんだろう?」
あまり期待していない様子でカムリが聞く。
「嫌よ。虫はキライなの。」
予想通りの返答が返ってくる。
「こういう狭い所で戦うのは苦手なんだよなぁ。」
文句を言いながらも牽制を続けるカムリ。
「こう数が多いとキリがないな。」
対多数用の魔法となると数が限定される。 ましてここは森の中。 周りに影響を及ぼすような派手な魔法は使いづらい。
「仕方ない。あれでいくか。」
カムリは意を決した、といった面持ちだ。
「リーファすまない。少しの間だけ援護してくれ。」
そう言ってすぐに呪文の詠唱を始めるカムリ。
「しょうがないわね。」
リーファは渋々魔物と対峙する。 できるだけジャイアントワームの方は見ないようにしているようだ。
『魔王と呼ばれし魔界の王よ。』
カムリは朗々と呪文を唱える。
『この魔物たち、なんとかしてくれませんかねぇ。いくら魔物といっても無益な殺生はしたくないんですけど、こう突っ掛かってこられては。これだけの数の魔物を失うと多少の痛手にもなるでしょうし、ここはひとつ一喝していただいて穏便に済ますというのはどうでしょう?なんならこの喉使っていただいて結構ですから。』
魔王の咆哮を呼び出す‘サモンハウリング’という呪文だ。 この呪文、もし術者に敵を倒すだけの力量が無いと魔王に判断されるとただでは済まない。 まさに両刃の剣である。 さらに術者の喉を使って魔王の咆哮が放たれるので負担がかかり暫くは声を出すことができなくなるという難点もある。 それだけに威力の方は折り紙つきなのだ。
カムリの喉を通して魔界の王が雄叫びをあげる。 地の底から沸き上がってくるような声だ。 とても人間が出した声とは思えない。 魔物たちはその声に怯え、我先にと逃げ出していく。
静寂を取り戻した森の中、剣豪と狂戦士の闘いだけが激しさを増していく…。
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