「老いぼれた、じゃと?」
怒りがおさまってきたのか、或いは頂点を超えたのか。 老師は少し落ち着きを取り戻してきたようだ。
「ふむ。試してみるかの?」
そう言った時にはいつもの調子に近づいていた。
「見て差し上げると言ったでしょう?アレを相手にしてもらいましょうか。」
ゆうらりと、何者かが木陰から歩み出てくる。
「ルーツ…?」
リーファの声に戸惑いが感じられる。 見た目は確かに赤の戦士だった。 しかし、その醸し出す雰囲気はまるで魔物だ。 目は虚ろで焦点が合わず、表情に生気が感じられない。
「あの護符は…。」
カムリが呟く。 赤の戦士の首にかかっている護符は紛れも無く例の護符だ。 出入りする為だけの護符とは僅かに魔力の流れが違うのだ。
『くそ、あの違いに気付いていれば…。』
航海はしなければ始まらないが後悔はしても始まらない、というやつである。 そもそも最初からそれがわかるくらいなら苦労はしないのだ。
「その赤いのは味方じゃろうが?」
敵味方構わないやり方が気に入らない老師である。
「所詮は傭兵ですからねぇ。それに彼の役割は終わりました。用無しと言いたい所ですがそれではあまりにも可哀相ですからねぇ。くくくくく…。」
陰鬱な笑い声が響き渡る。
「もう一花咲かせられるのですから彼も喜ぶでしょう。彼の望んだ姿ですしねぇ。」
「望んだ?こんなのをルーツが望んだっていうの?」
リーファには信じられなかった。 お金と女にはだらし無かったが、しっかりとした意志を持った男だった。 こんな化け物に成り下がるような男では無かった筈だ。
「彼は力が欲しいと言った。私は少し手助けをしただけですよ?」
悪びれる様子もなくそう言ってのけるスオン。 彼女は力を求める事に関してとても純粋である。 目的の為には手段など選びはしない。
そうこう言っているうちに、赤の戦士が撃ってでる。
「迅い!」
リーファが驚きの声を上げる。
しかし剣は老師の前で何かに当たったかのように弾かれている。
『魔界の住人よ。その盾をちょこっと貸してくれんかの?大丈夫じゃ。ちゃんとその盾の力を宣伝しておいてやるわい。』
魔界から見えない盾を呼び出す呪文‘サモンイビルズシールド’である。
ちなみに。
「どうじゃ魔界の盾の威力は?ちょっとやそっとじゃびくともせんじゃろうが。」
この一言がなければ契約は無効である。
そんな事には構わず執拗に攻撃を加えるルーツ。
「マズイな。」
カムリの声は深刻だ。 いつもの老師なら魔王の盾を召喚していただろう。 今呼び出した格下の魔族の盾ではそう長くはもちそうにない。 あまつさえルーツの剣は灼熱を帯び、魔族の盾さえ熔かし斬る勢いだ。
それにしても。
「なんて嬉しそうな顔をしてるの…?」
リーファの声はか細い。 目の前の光景が信じられないのだ。 先程まで虚ろだった表情は攻撃と同時に嬉々としたものに変わった。 まるで力に酔いしれているかのようだ。
「なぜなの…。」
リーファには理解できなかった。
「カムリ!行くわよ!」
迷いを振り払うようにリーファが叫ぶ。
「ん!」
応えるカムリ。
しかし突如として地面から何かが競り上がってきた。 四方八方から、物凄い数である。
「ジャイアントワーム!?」
それは巨大なミミズ型の魔物である。 他にも巨大な動物・昆虫型の魔物多数に囲まれているのだが、リーファは特にジャイアントワームが目についたらしい。
「私、ダメ…。後は任せるわね。」
戦線離脱のリーファ。
『マジかよ…。』
軽く目眩を覚えるカムリであった…。
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