「ふむ。油断したかの?」
相変わらず慌てず騒がず、老師が言う。
「一体どうなってるの?」
リーファは苛立ちを隠さない。 二人ともカムリの様子を注視したままだ。
「なにやら仕掛けとったようじゃな。」
努めて冷静な口調。 しかし、先刻までの調子とは少し違ってきている事にリーファは気付いていた。
『悔しいけど、私にはどうする事もできない。この老師とやらに頼るしかないけど、どうやら焦っているようね。』
手をこまねいて見つめるうち、カムリの苦しみようはひどくなっていく。
やがて…。 カムリの頭の中をのたうつように暗い声が響き渡った。
『さぁ、開放するがいい。お前の力を!』
目に見えて魔力が溢れ出す。 その奔流は光の渦となりカムリを包み込んでいった。
『目覚めよ、狂戦士!』
しかし。 声の限りに叫んだであろうスオンの声は、光の渦に飲み込まれ掻き消されてしまった。 魔力の奔流が激し過ぎるのだ。 先程まで護符が取り込んでいた魔力などほんのカケラであるかのように。
『これが‘ピースブレイカー’の力だというのか?』
全てを制御する筈であった護符はその力に耐え切れず跡形なく吹き飛んでしまった。
光の渦が止んだ時、そこに立っていたのは狂戦士ではなく。 ただの黒の召喚術士であった。 いや、‘ただの’ではないのかもしれない。
「あれ、誰…?」
リーファをしてそう言わしめる程、それまでとは雰囲気が違うように見えたのだ。 或いは光に目が眩んだのかもしれなかった。 一瞬の後、その同じ位置に立っていたのはいつもと同じ幼馴じみの姿であったのだから。
「痛みが引きました。護符も壊れたようですし、先を急ぎましょう。」
リーファには微かな違和感だけが残る事となった。
「そうね。早く街に行きましょ。疲れちゃったし。」
心の迷いを振り払うように明るく声を上げるリーファ。
「ん。」
カムリは軽く頷き、歩き始めた。
「上手くいったと思ったんですけどねぇ。」
闇の中から声がする。 随分と陰気な声だ。
「‘ピースブレイカー’の力がこれほどとは。甘くみすぎましたか。」
闇を裂いて現れたのは顔をベールで覆いヒラヒラとした衣装を身につけた一人の女性。
「見ず知らずの人間に‘ピースブレイカー’なんて呼ばれたくないんですけど?あんた、誰?」
大方の見当は付いていても聞かずにはいられないリーファである。 まして、いきなり‘ピースブレイカー’などと呼ばれては腹が立つのも当然と言えただろう。 そもそも‘ピースブレイカー’というのはカムリとリーファに対して村の人達が使った呼び名だ。 カムリもリーファもその呼び名が好きではなかった。
「そんなに嫌かい?運命の子たちの呼び名なのにねぇ。本当の意味も知らないなんて可哀相に。」
「どういう事よ?」
詰め寄るリーファに対し、スオンは何か答えようとしたようだったがその答えを聞く事は叶わなかった。
「二度とわしの前に現れるなと言った筈じゃぞ?」
怒りに燃える目で元弟子を見つめる老師に遮られたのだ。
「これは我が師、ごきげんよう。かつての弟子だというのにつれない事を。でも、あなたがどう思おうと知った事ではないですねぇ。」
不敵な笑みを浮かべるスオン。
「なんじゃと…?」
老師の怒りは最高潮に達しているようだ。
「あなたに決定権などない。私があなたを見限ったのですから。どれほど老いぼれたか見てさしあげましょう。」
かつての師と弟子。 避けえぬ対決の時が迫っていた…。
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