「それでおめおめと戻ってきた、と?」
先刻カムリが掴まっていた部屋。 問い詰められているのは赤の戦士だ。 その問いかけには厭味っぽさなどカケラも感じられない。 鋭く、冷たい。 そしてどこか威厳に満ちた声である。
「申し訳ありません。」 いつもの軽さはどこへやら、赤の戦士は怯えた様子で畏まっている。 それほどの威圧感をこの人物は持っているのだ。
‐マキントス・ド・レミウス3世‐
レミウス侯その人である。
「まぁ、よい。手はまだあるのだからな。それに面白いものを見させてもらった。予想以上の収穫だよ。」
笑っている、のだろうか? 大きく片側の口元を吊り上げたその表情にルーツは背筋が凍り付きそうになるのを感じた。
「抜かりはないのだろうな?‘占い師’よ。」
急にあらぬ方向に目をやり問い質す。
「もちろんでございます。」
闇の中に人影が浮かび上がり…。 そしてゆっくりと近付いてきた。
「あの護符に施した仕掛けは会心のでき。きっと我が師も喜んでくれる事でしょう。」
くくく…、と喉の奥で笑う声が不気味に響きわたる。
『陰に籠った声だ。』
ルーツは思う。
『それにしても、一体何がどうなってる?』
赤の戦士は困惑していた。 今、‘占い師’と呼ばれた人物はどこから出てきたのだ? 気配すら感じなかったというのに。 あの、‘老師’と呼ばれていた人物、そして目の前のレミウス侯なる人物。 このただならぬ威圧感は一体なんだ?
『俺は悪い夢でも見てるのか?俺のやってきた事はなんだった?』
無力感がルーツの中を駆け巡る。
『何よりも、だ。あのお嬢ちゃんの剣から溢れてた、ただならない力はどうだ?あれはまるで…。』
その考えを振り払うようにかぶりを振って、ルーツは呟いた。
「いや、そんなはずはないな…。」
「これで大丈夫のようじゃな。」
同じ頃、額の汗を拭いながら老師が呟く。 どうやら儀式は成功したのだろう。 カムリも魔力が自分に戻りつつあるのを感じていた。
「スオンのヤツめ。とんでもないもんを作りおって…。」
「スオンって誰?」
疑問に思うと聞かずにはいられないリーファである。
「わしのかつての弟子の一人じゃよ。この護符の作り主じゃ。」
「え…弟子?」
リーファの声からは、理解できない、という感情がありありと読み取れる。
「スオン…。禁呪に手を出して破門されたという、あの…?」
カムリの言葉にようやく得心がいったという表情を見せるリーファ。
「そうじゃ。この護符も禁呪の一つでな。魔力を吸い取った後、その魔力を使って狂戦士化の呪文がかかるようになっとるんじゃ。魔力が強い程、強力な狂戦士が出来あがると言われておる。」
さらに納得の表情を見せるリーファ。
『なるほど。この老師って人にゆかりの魔法使いを狙った、って事ね。カムリもとんだ災難ね。』
ゆっくりとではあるが確実に、カムリの魔力は戻ってきていた。 追っ手も来る気配がない。 穏やかな時間が流れていく。
『もうそろそろ全ての魔力が戻りそうだ。』
カムリがそう思った刹那、頭の中に陰鬱な声が響き渡る。
『その魔力はお前が魔法を使えるようにわざわざ戻してやったのだ。私が作りたいのは魔法が使える狂戦士だからねぇ。さぁ、暴れるがいい。力を見せて認められたいんだろう?』
「う…。頭が…割れそうだ…。」
突如苦しみはじめたカムリを見てようやく異変に気付く二人。
「一体どうしたの!」
駆け寄るリーファ。 もがくカムリはこのまま邪悪な意思に取り込まれてしまうのだろうか…。
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