「応急処置にしかならんがの。」
老師の言葉は本気で回復魔法が不得手な事を物語る。
「ありがとうございます。」
カムリが礼を言いつつ起き上がろうとするが力が入らない。 痛みもまだしっかりと残っている。
傍らを見やると黒いフクロウがなんとか立ち上がりヨロヨロと飛び立って行った。 木の上で身を休めるつもりらしい。
「ただ傷口をふさいだだけじゃ。無理せんと寝とくんじゃな。」
リーファはなんとか立ち上がって二人の傍に歩み寄った。 尋ねたい事が山ほどあるが、それは後回しだろう。
「さて。呪いを解かんといかんのぅ。嬢ちゃんは大丈夫かの?」
リーファがコクリと頷く。 それを見やって、老師は何やら道具を広げ始めた。
「ここでやるんですか?」
カムリが困惑の表情を浮かべる。
「そうじゃ。」
老師の答えはにべもない。
「追っ手がまだ来るかもしれません。出来るだけ早く進んだ方が…。」
痛みを堪えているのだろう。 カムリの声は弱々しい。
「お前さんは動けんじゃろうが。街まで扉を使えば流石のわしも魔力が尽きてしまうでな。」
『足手纏いになっているんだ。』
カムリは焦る。
「大丈夫、歩けます。」
誰の目にも無理をしているのは明らかだ。 しかし、カムリにはカムリなりの‘無理をしなければならない理由’がある。 ピースブレイカーと恐れられ避けられてきたカムリは自分が役に立たなければ見捨てられてしまうのではないか、という思いが強いのだ。
「その心意気は結構じゃがの。それでは間に合わんのじゃ。お前さんもモンスターになんぞなりたくなかろう?それに、お前さんが魔法を使えんと不便でかなわん。わしゃそろそろ帰りたいんじゃ。」
事も無げに老師は言う。
「モンスター?」 「モンスター?」
カムリとリーファの声が見事に重なる。
「一体どういう事なの?」
先に付け加えたのはリーファだ。 カムリはなにやら考え込んでいる。
「この護符じゃよ。魔力を吸い取り、狂戦士化させるように出来とる。狂戦士になってしまえば超獣使いの操り人形じゃ。」
「そんな…。」
リーファが言葉を詰まらせる。
「ヤツは待っとるんじゃろ。カムリが狂戦士になって操れるようになるのをな。」
「確かに、カムリが相手じゃ手を出せない。」
リーファは唇を噛んでいる。
「しかし、僕が狂戦士化したところで…。魔法以外はからっきしですし。更に護符に魔力を吸い取られるとなれば、魔法も使えなくなるのでは?」
変な所で冷静なカムリである。
「試してみるかの?わしが全力で屠ってやろう。」
老師の目の奥に冷たい光を見つけ、カムリは空恐ろしさを感じた。
「それにの。そんなに話が単純ではないんじゃ、この護符は…。」
一呼吸、おいて老師が続ける。
「とにかくお前さんの魔力を護符に取り込まれてしまう前に終わらさんとな。さっさとそこに寝るんじゃ。」
老師が指差したのは魔方陣のような物が描かれた布である。 有無を言わせぬ物言いにカムリは従うしかなかった。
それを見やって老師は高々と呪文の詠唱を始める。
『そこの護符!お前じゃお前。お前さん、自分を何様じゃと思うとるんじゃ?ただの護符に魔力を吸い取ったり、ましてや人を魔物に変えてしまうような事が出来る訳ないじゃろうが。何?出来るじゃと?よしんば出来たとしても、それはもう護符とは呼べんな。お前さんは護符の道を踏み外そうとしとるんじゃ。今ならまだ間に合うから、真っ当な護符の道に戻ったらどうじゃ?手伝ってやるぞ?』
果たして護符を真っ当な道に更生させる事はできるだろうか…。
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