「ひか・・・り・・・」 目は、下を向いた。顔も、灯を視ていない。ただ黙り込んでしまった。 汗が滴り落ちている。顔色も優れない。身体はダルそうに、椅子にもたれ掛かっている。息も荒い。動揺しているのは目に見えてきた。 今のショックと、灯が傍に居るコトが重なって優の精神的体力もそろそろ限界が近づいて来たのだ。優の心臓の音が、二人だけの病室に響き渡るように大きくなってきている。 「なん・・・で・・・ココ・・・に居る・・・んだ・・・。だって・・・光は・・・」 涙が、優の頬を伝わり、衣服にシミを創った。汗も落ちて、シミを創る。 眉を寄せ、厳しい顔をして。そんな優を見ていると灯のココロは、キリキリと痛みだした。 「また、逢えた・・・光・・・。でも・・・なんで・・・ココに・・・」 灯・・・もとい。光は、少し俯いた。隠し切れなかった感情が、ジワジワと光の奥深くから込み上げて来る。 《今まで・・・ずっと見てきました・・・っ。『天』から・・・。貴方のことを・・・》 「光・・・」 《私ね・・・演技だったの。あの怪我も。事故も。みーんな》 光は生前の笑顔で、語った。 《全部、貴方に逢いたくて、したことなの・・・》 そう、話す光の声は震えていた。 《私・・・馬鹿よね・・・。死んでも・・・まだ貴方に未練があって・・・。でも、貴方は『霊感』が無いから、私は視れない。だから、私ね、『カミサマ』に・・・お願いしたの・・・私の・・・『魂』を、捧げる代わりに・・・もう一度カラダを創り、そして・・・》 光は、息を吸いこんだ。 《・・・そして・・・貴方に・・・もう一度・・・逢おうとしました》 優は、とてもじゃないけど堪え切れなかった。声だけが今、優と光を繋いでいる。優に至っては、眼に視えない存在。しかし、またあの『声』が聞けてその『声』で、またあの時の様に会話ができている。 「もう・・・あれは憧憬じゃ、無いんだな・・・」 優はとても安らかな気持ちになっていた。自然と、笑みが込み上げて来た。愛しいヒトとまた会話が出来ている。 しかし、優は気づいてしまった。恐ろしい事に。 「・・・待てよ・・・。さっき『私の魂を捧げる代わりに』って・・・言ったよな・・・」 《・・・・・・・・・・》 光のカラダは、震えていた。気づかれてしまった。優は勘が良かった。気づいて欲しくなかった。でも、気づいてしまった。 《貴方を・・・悲しめたく、なかったのにな・・・》 灯は涙を流しながら苦笑いする。 「お前・・・ソレって・・・」 《・・・私はね・・・もう『転生』するコトは、出来ないの。生まれ・・・変われないの。でもね、こんなのへっちゃら。貴方に、逢えたんですもの》 その言葉は、優のカラダに重く圧し掛かった。 「俺に・・・逢う為だけに・・・お前の『タマシイ』を・・・」 《・・・はい》 光は笑った。か細く。ひ弱く。微弱に。微かに。僅かながら、生きていた頃を思い出して。幸せだった日々。毎日がとても明るかった。それを思い出すと、涙が止まらなかった。 「・・・っお前・・・馬鹿だよ・・・っ。本当・・・馬鹿だよ・・・」 《すみません・・・》 光の癖。直ぐ謝る。喧嘩は光の御陰で一度もしなかった。 本当に、光だ。本当の、光だ。 「・・・俺も・・・」 《・・・・・・・》 「俺も・・・お前に、もう一度逢えて、良かった・・・」 今度は、本当に安らかな顔。穏やかな顔。それだけで光に未練はなくなりそう。でも、最後、如何しても言いたい言葉が、光にはあった。 《・・・・・私、貴方を、愛してます。コレからも、ずっと、ずっと・・・》 「・・・・・・・・俺も。愛してる」 二人はお互いの『感覚』で、キスをした。 その時の指輪は、一瞬光ったようにも、思えた。そして、光のカラダも光出した。 《・・・さよならの時ね。貴方にもう一度逢えて、本当に嬉しかった・・・》 「俺も・・・。嬉しかったなんてもんじゃ、言い表せない・・・」 目の前で光る光の身体にそっと手を伸ばし、抱き上げた。 《・・・もう、『私』とは、逢うコトなんて、無いね。忘れないで・・・私の、こと》 「忘れない・・・絶対・・・絶対忘れない・・・!」 涙が、お互い止まらなかった。とめどなく流れる涙。それは、真珠にも思えるほど、綺麗で純粋なモノだった。『愛情』がこもっている涙は、床に落ち、小さな水溜りを作った。 《約束・・・ね・・・》 「・・・ああ。約束だ・・・」 そして、二人は抱き合い、指切りを交わした。これも、光の癖だった―。
その後、光の両親の元へと向かい、もう一度あの悲しく忌々しい葬式をあげた。 身体は元々光のモノだったので、葬式に来た親戚や友達は驚いていた。しかし優は、昨日自分に起きた事を誰にも話さず、胸の内に留めておいた。何がなんだか解からないまま葬式を終えた。 火葬場に向かい、光の身体をもう一度焼く時に、光の骨を一個取った。それをハンカチの中に収めると、そのままにした。火葬を終えた後、自宅へと帰った優は、自分の部屋のベランダにあるまだ新しい植木鉢に、その骨を埋めた。 「これで、ずっと一緒だな・・・光・・・」 骨を埋めたそこには、一輪の淡いピンク色をした花が咲いていた。 ピンク色は、光の好きな色だった。だから優は、花を植えた。 『優しい色でしょ?貴方を思い出せるのよ』 優は生前、同居していた時に植えた、ピンク色の花を植えた時に言われた光の言葉を思い出して、一筋の涙を流した。 その涙は、頬を伝って、可憐な花へと落ちた。
その花の場所にはいつも、一筋のとても綺麗な『光』が、差し込んでいた―。
End of story
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