「えっ…? うそっ…」
それは一本の電話から始まりました。
まだ夕飯を食べている時、電話が鳴り、出たのはわたしの母でした。
母は電話の内容を聞き、真っ青な顔色でわたし達を見ました。
そして…
「殺された…殺されてしまった…」
壊れたテープレコーダーのように母は繰り返しました。
「どっどうしたの? お母さん!」
わたしは母に駆け寄り、その肩を掴みました。
「あのコがっ…殺されてしまった!」
―母が次に言葉を紡いだ声の意味は、わたしの血縁者の女の子の名前だった。
「うそっ…!?」
その場にいた父に兄、そして弟も言葉をなくしました。
そしてわたしも。
血縁者達が、女の子の家に集まりました。
一戸建ての家はまだ新しく、住人が亡くなると言うのはまだ早過ぎる気がします。
「どうなるんだろうねぇ」
「どうなるって、そりゃあ…」
「やめろよ。今言うことじゃないだろ?」
十数人の血縁者達は、複雑な表情でボソボソと話し合っています。
女の子の両親は今、警察の人に呼ばれていません。
母が部屋に入って来た時、一気に静かになりました。
すでに黒い着物に身を包んだ母は、険しい表情で血縁者達の顔を見回しました。
「…警察の方から、事情は聞きました」
そして重い語りが始まりました。
女の子はまだ高校2年の17歳でした。
優しく温和なコで、性格は可愛かったけれど、見掛けは美人という、ちょっと変わった女の子だったんです。
でも…そんな女の子だから、多くの人に、強く好かれもしました。
女の子には1年前からストーカーがいました。
何でも女の子が前に、そのストーカーがケガしているのを手当てしたことから、不幸が始まったようです。
ストーカーは女の子が女神に見えたんでしょう。
そうしてほぼ毎日、何かしら女の子に好意を見せるも、ストーカー扱いされ、逆上し、女の子を殺してしまったんです。
「幸いにもその青年はすぐに警察に捕まったそうですけど…」
「どこが幸いだよ」
兄が重々しい口調で、母の言葉を遮りました。
「犯人は女の子を『殺した』んだろ? ただで済むワケねーだろ」
「兄さん!」
あんまりな言葉に、わたしは兄の腕を引っ張りました。
しかし兄は強い目で、わたしをにらみ返します。
「…こっちだって、被害者だっ!」
忌々しそうに呟く兄は、腕を振り解き、そっぽを向いてしまいました。
「…とりあえず、お葬式は明日にでもすぐ行います。マスコミなどは警察の方が抑えてくれるそうですから、みなさんもくれぐれも…」
「分かっているよ」
「身内のことだからな」
血縁者達は心得たように頷き合います。
そして翌日。
小雨が降る中、近所のお寺でお葬式は始まりました。
女の子のご両親は泣きながら、訪問者達に頭を下げます。
わたしも親族席に座りながら、女の子の遺影を見つめます。
明るく、わたしにも懐いていた可愛いコです。
いなくなったことが…今でも信じられません。
…ストーカーのことは、何となく感じていました。
けれど警察の人がいるし、学校のみんなもいるから、と明るく振る舞っていました。
その本心を、見抜けなかった自分が情けないです。
女の子は殺される時、どんなに怖かったでしょう?
どんなにさびしかったでしょう?
最期に何を思い描き、何を感じたのか…もう聞く手段はありません。
…やがて人気が途絶えた時、数人の人がまとまってきました。
しかし雰囲気がおかしく、わたしは隣の母の顔を窺いました。
「…犯人と、刑事さん達、そして犯人のご家族よ」
犯人と思しき青年は、見た目は普通の青年でした。
少し大人しめの…人殺しだとは思えないぐらいの青年です。
けれどその顔は平然としていました。
自分が犯した罪を、アレは理解していない顔です。
「このたびは本当にっ…!」
大きな声に視線を向けると、女の子のご両親に、青年のご両親が土下座をしていました。
けれど2人は顔をそむけ、何にも言えずにいました。
「本当に、すみませんでした」
付き添っていた3人の刑事さん達も、悲しみの表情で頭を下げます。
けれどもう…遅いのです。
女の子はすでに殺されてしまったんです。
もう…遅いのです。
全てが。
犯人のご両親は、わたしの母と兄が顔を上げさせました。
そして次々とご焼香をするのに、犯人は何もしません。
ただ遺影の前に立ち―笑いました。
会場内がざわめく中、犯人はお父様に殴られ、吹っ飛びました。
けれど笑みは絶やしません。
警察の人に掴まれ、無理やり寺から追い出されるような形になってもまだ、笑顔でした。
…わたしの中で、怒りが沸き起こりました。
すでに済んでしまったこととは言え、せめてっ!
せめて、後悔してほしかった!
なのにアイツはっ!
わたしは母の言いつけを守らず、お寺から飛び出しました。
そして車に連れ込もうとされている犯人の腕を掴み、こっちを向かせました。
「―何?」
犯人はふてぶてしそうな態度をしました。
―ならもう、抑えることは無いでしょう。
「…一つ、言いたいことがありまして」
「何だよ? 恨み言?」
「いえ、済んでしまったことを言うつもりはありません。ただ、これから起こりうることについて」
「おっお嬢さん」
警察の方や、犯人のご両親の前で、わたしは犯人を指さし、こう言いました。
「あなた、もうすぐ死にます。それも『殺してくれ』と言わんばかりの苦痛を以て」
犯人の目が、大きく見開かれました。
「おいっ!」
兄の声で、わたしは我に返りました。
「…では、よき旅路を」
犯人に頭を下げ、わたしは、戻りました。
…そして数日後。
再び家に電話が鳴り響きました。
その電話を取ったのは、兄でした。
電話の内容を聞いた兄は、険しい表情で家族に告げました。
「―女の子を殺した犯人、死んだ。実家に戻ってきた時、火事が起きて、1人逃げ遅れたんだって」
「ああ、やっぱり…」
弟がぼそっと呟いた言葉は、家族全員の心の声でした。
「うちの血縁者に関わってはいけなかったのにね」
「…しかも殺しなんて恐ろしい真似をすれば」
「地獄を生きたまま、味わうことになるのね」
弟の言葉に続き、父や母も力なき声で応えました。
そう…不思議ではないことなのです。
犯人が酷い目に合いながら死ぬことを、わたし達、血縁者達は全員分かっていたことですから。
ちょっと昔の話になります。
わたし達、血縁者のご先祖は力の強い、呪術師だったんです。
しかし時代と共に、廃業になりました。
そこまでは良かったんでしょう。…時代的にも。
しかし呪術師は己の血にまで、その術と力をかけていました。
…ゆえに我らの血縁者は、強く人を惹き付けるのです。
そして酷い目に合わせたり、殺したりなんてするものならば…生きたまま、地獄を味わうのです。
わたし達血縁者は、そんなふうに地獄を味わう人々を、この目に焼き付け、生き続けなければならないのです。
だって、誰にも解決法を知らないんですから。
そうまるで、『呪い』のように―。
ああ、そう考えると、わたし達血縁者達も、
『かわいそう』…なんですね。
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