■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

推理小説殺人事件<改> 作者:幻柳院乖魄

第8回   暗号の暗号
 寺元譲。ペンネームは譲を「じょう」と読ませるのだそうだ。彼が文壇にデビューするきっかけになったのは、讃良亮介の威光なしには語れない。恩人ともいえる讃良亮介に寺元譲が牙を剥いたのは、呪縛の殻を破るためであったという。
 作家志望にとっての一番の壁は、まず作家としてデビューすることである。現在活躍する多くの作家は、文学賞を受賞してデビューとなるケースが多い。彼には受賞歴がなく、讃良徳子の強力な推薦で小さな出版社よりデビュー作が刊行された。讃良亮介の文庫出版権との抱き合わせで、無名新人作家の作品が全国の書店に並んだのだという。それが作家・寺元譲の誕生であった。
 実力も認められず、讃良徳子とは不倫関係を強要されたという。自然発生的に2人の仲は噂になったが、讃良徳子自身がその噂に尾ひれをつけて吹聴していたのを辻田義人は讃良徳子本人から聞いたのだという。
 讃良徳子との仲を断ち切りたいと思った寺元譲はある時、依頼されたフリーペーパーのコラムに、大恩人である讃良亮介の作品に私情を挟んで酷評した。必ずついて回る讃良亮介を消してしまうことで讃良徳子の振るう威を無力化し、まずは一人の作家として認めて貰おうと考えたのだろう。
 讃良亮介の凋落は、讃良徳子の勢威を貶めるに相応しい。
 寺元譲はそう思ったのではないか、と辻田義人は語った。しかしこの愚かな行為のために、以来、出版界からは乾され、讃良徳子と縁を切ることにも失敗した。
 出版界から乾されて以降、寺元譲は讃良亮介と顔を合わせなくなったという。讃良徳子に呼び出されて讃良邸を訪れる際でも、門の前で右往左往し、家の中でも挙動不審で、扉が開くと物陰に隠れてしまう小心さだった。それが讃良亮介の仕事を手伝うまでに関係が修復されたのは、讃良徳子に呼ばれたある日、扉を開けた讃良亮介とばったり対面してしまい、咄嗟に寺元譲は床に突っ伏して土下座した。それを見て寺元譲の小心な性格や、置かれた立場というものを、讃良亮介は全て把握したのではないかという。
 しかし、最近になって再び寺元譲は讃良亮介に断絶された。詳しくは辻田でさえも聞かされていないと言うが、讃良亮介が「人間の屑だ」と呟いたのを聞いたという。
 その寺元譲は、警察の到着から一度も姿を見せず、讃良徳子のクローゼットに隠れていた。今、彼は事件の重要参考人として佐橋宗春の厳しい聴取が行われている。聴取には素直に応じているらしく、讃良徳子が怪しい動きをしていたので、帰った振りをしてクローゼットに隠れていたのだと言い訳をしていた。
 本来ならば望月壮太郎も聴取に立ち会うべきなのだが、限られた時間はそれを許さなかった。現場に残された暗号がどうしても気にかかる。しかし、暗号の解読が犯人を追い詰める手がかりになるという保証はどこにもない。こういう事件の場合は、人間関係を洗うのが最も近道になることを、望月壮太郎は経験で知っている。
 しかし、捜査員は自分だけではない。今為すべきことは、被害者が書き残したメッセージの解読だ。望月壮太郎も、佐橋宗春に信頼を置かれているように、他の捜査員を信頼せねばならないし、佐橋の信頼に応えなければならない。

 書庫の端末を、辻田義人は慣れた手つきで操作していく。6つめの検索が終わったところで、その書籍の一覧をプリンアウトして望月壮太郎に手渡した。渡されたコピー用紙には書籍のタイトル、著者名、在所区域が印刷されており、それは大型書店での検索端末と同じようなものだった。
 全てが国内外の傑作推理小説と呼ばれる有名な作品で、読んだことはないがその殆どが見知ったタイトルだ。だが、暗号を解読したと思っていた望月壮太郎は些か失望した。犯人につながる手懸かりが見つかるかもしれない、という期待がそもそも甘かったのだろう。現実とはこんなもんだ。
 解読結果がまるで意味をなさない。
「何かこの作品に、心当たりとか特別な思い入れのような物があったのでしょうか?」
「さあ、思い当たりません」
 辻田は首を傾げるばかりだった。
「そもそも、これらの作品は資料としてではなく、先生が趣味で蒐集していた物ですから、私はその点については全く存じ上げておりません。それと、最近になって先生は資料の方をだいぶ処分なさったので、そこに印刷されてる場所とは一致しないと思います。もし、現物をご覧になりたいのでしたら私が探してきますけど、どうしましょう?」
 本の在所区域は、アルファベットと数字を組み合わせたものだったので、もしやと思ったのだが、その線は薄くなってきたようだ。念のために検討する必要はあるが、やはりタイトルに暗号が隠されているというのか。
 暗号を解いて暗号が現れる。
 果たしていくら天才だからといって、死の間際の讃良亮介にそんな複雑なことが出来るのだろうか。だが、このメモが死の間際に残されたメッセージだということは現場の状況から明らかである。
 ふと厭な予感がした。犯人が偽装したメッセージという可能性が頭を過ぎる。偽装するということは、被害者が何かメッセージを残していたということになる。
 現場百遍――か。
 僅かな時間だが、現場をもう一度検証しなければならない。第2の暗号を解くカギを見落としているかもしれないし、逆に犯人が残した贋物であるという手懸かりを見落としているかもしれない。
 望月壮太郎は取り敢えず本の現物を断り、辻田に礼を言って現場となった讃良亮介の仕事部屋に急いだ。時計を見る。捜一がやって来るまで、どれくらい残されているだろうか。
 もう一度プリントアウトした推理小説のタイトルに眼を通した。
 コピー用紙を眺めていても、答えは浮かび上がってこない。望月壮太郎が今出来ることは、この暗号が本物であること、犯人についての何かを示していること、もしくは贋物の暗号であるかの判断材料を見つけ出すことだ。

 望月壮太郎の手には、6つの推理小説が無情に印刷された紙が握られている。

黒死館殺人事件(小栗虫太郎)
ABC殺人事件(アガサ・クリスティー)
皇帝のかぎ煙草入れ(ディクスン・カー)
ギリシア棺の謎(エラリー・クイーン)
死の鉄路(F.W.クロフツ)
犬神家の一族(横溝正史)

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections