「辻田さん。度々申し訳ありません」 全てを虚脱させたように、辻田は窓の外をソファに座りながら見つめていた。どこからか、再び讃良夫人の笑い声が聞こえた。 「こちらに見覚えありませんか?」 ゆっくりと視線を移した辻田義人に、望月壮太郎は警察手帳にメモした暗号を見せた。手帳を受け取って、しばらく呆けたように見つめていた。 「ああ」 辻田が思い出したように顔を上げた。ゆっくりとした動作で、警察手帳を返した。 「これは先生の書庫にある本の整理番号です。検索用端末の認識コードなんですけど、先生が誰かに資料を頼むときは、いつもこうやって番号だけを書いて渡すんです。先生は書庫にある全ての蔵書の認識コードを暗記してらっしゃいますから。で、これが何か……?」 的中―― 逸る気持ちを抑えながら、望月壮太郎は上擦った声で答えた。 「被害者が、死の間際に書き残したと見られます」 「えッ。じゃあ、ダイイング・メッセージというわけですか!」 辻田が跳び上がるように立ち上がった。今にも望月壮太郎に掴み掛かりそうな勢いで詰め寄る。 「どういう訳ですか、刑事さん! 話してください、お願いします」 讃良亮介が書き残した暗号について、望月壮太郎は手短に話した。犯人はこの家にいる人物である可能性が高いということ。この暗号を一目で見破れる人が事件の鍵になること。それを辻田は息を吹き返したように聴き入っていた。 「辻田さんの他に、この数字が書庫の検索コードだということを一目で分かる人はいますか?」 「私は余り先生のお宅に伺うことはありませんから、その時は葛西さんか寺元さんがお手伝いしてると聞いたことがあります」 「寺元さん、とはどなたですか?」 「新人の作家です。先生の奥様が推薦なさって……」 辻田はそこで言葉を切った。それから周りを気にするように、声を低めて続けた。 「先生の奥さんは先生の立場を利用して、自分でもコラムを書いたり文芸誌にコメントを寄せたりと作家を気取ってるです。確かに編集長としての実績はありますが、小説なんか書いたこともないのに推理小説協会の会員になったり、文学賞の審査なんかやってるんです。それだけでも我々としては不本意なんですが、最近になって寺元譲っていうどっかの大学を卒業したばかりの男を半ば無理矢理デビューさせたんです。またこれが使えなくて。どうやらあいつのコレらしいですけど」 そう言って、辻田は親指を立てた。愛人ということか。ほんの数秒の内に、辻田義人は讃良徳子の呼び方を奥様からあいつへと変えていた。無意識のうちにそうなっただろうが、胸に一物を抱えているのは疑いようもなかった。讃良徳子はかつて雑誌の編集長をしており、その政治的手腕は寺元にも活かされたということだろう。 突如、家中に警報ベルが響いた。捜査員たちは慌ただしくなり、やがて彼らの怒号が響いた。誰かが窓から逃げようとしたらしく、運悪く警報と捜査員に捕まってしまったようだ。 取り押さえられたのは、辻田が使えないと言い放った寺元譲だった。
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