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推理小説殺人事件<改> 作者:幻柳院乖魄

第6回   天才の素顔
 そういうことか――
 暗号のダイイング・メッセージは、あの暗号を解ける人物のために残したということだ。鍵となる人物が、この家の中にいる人物だということだ。
 望月壮太郎の頭の中には一人しか浮かばなかったため、躊躇うことなく編集者の辻田の元へ足を向けていた。あの暗号を見せれば、推理を結論付けるより鮮明な答えが待っているはずだ。
 辻田義人は讃良亮介の仕事部屋に、仕事中でも立ち入りが許されていた数少ない人間の一人である。週刊誌連載の原稿を受け取るために、この家で待っていたが一向に姿を見せず、異変に気が付いた。編集者が作家の元に通うというのは、最近では余り行われない。讃良亮介の場合もそうである。普段ならEメールに添付されてくる原稿であるが、数日前より讃良亮介のパソコンがコンピュータウィルスに冒されて起動ができなくなってしまったため、やむなく手書きの原稿になったためだった。初心に戻ったようだと、讃良亮介は逆境を楽しんでいたようだったという。
「一言でいうならば、天才です」
 辻田義人は、佐橋警視との聴取で讃良亮介についてこう評した。一般的な書籍であれば、10分もあれば読み終え、それを一字一句記憶しているという。更に辻田は見たことはないらしいが、10桁同士の掛け算や、9桁の平方根なども即座に言い当てるという余興があるらしい。
 最近の手書きの原稿でもその天才ぶりが発揮され、挿入や削除といった、書き込みや書き直しが一切なく、文字数の制限についても全く直しが入らなかった。
 ただ、やや神経質な面もあるという。部屋の物は決まった位置に置かれていなければならないし、仕事中は家族であっても物音すら立ててはいけないというものであった。中でも望月壮太郎の気を惹いたのは、沢山の数字を見ると集中力を欠いて気分が悪くなると言うものだった。殺風景な内装と、カレンダーが日めくりだという理由もそこにあるのだろうか。
 今、この家の中にいる関係者の中で、これほど被害者について語ってくれたのは彼だけだ。それは妻である讃良徳子が語れなかったのでも、語りたがらなかったのでもなく、彼女すら知らなかったのではないかと望月壮太郎は思った。
 今まで関わってきた数々の事件には、修繕のしようがないほどに壊れてしまっているのに、形だけは取りなしている家族というものを数多く見てきた。そこには事件によってやっと崩落できた家と、事件によって救われたかのように落ち着き払った家族がいる。彼らの周りにはピンと張り詰めた緊張の糸があり、事件に直面した家族が現実の深淵に落ちないよう、抜け殻のように脱力した彼らを辛うじて受け止めているのを感じられるのだ。気丈な素振りを見せたり、明るく振る舞ったり、冷静でいられるのは、知らず知らずのうちに人間が辛い現実を受け入れる準備をしているのだという。
 家族というものは、物理的な家屋とは違って、たとえ地盤が緩くとも容易に崩れるものではない。それを人は絆と呼ぶが、時にはその強固な繋がりは呪縛とも呼ばれる。緊張の糸が意図せずに切れてしまった時は、強固に結ばれた絆は呪縛となって新たな事件の足掛かりになったり、家族の人格を破壊させるような悲劇を連鎖させてしまうのだ。
 廊下を歩いていたら、階上から讃良徳子ともう一人の女性の笑い声が望月壮太郎の耳に重なって響いた。もう一人の声は徳子の友人である塚島佐江なのか、それともアルバイトの葛西篤美だろうか。望月壮太郎には心からの笑い声のように聞こえたが、佐橋警視からの伝聞でしか知らない彼女たちであるから、単なる先入観かもしれない。しかし、望月壮太郎の肌にはあちこちに緊張の糸が感じられるのである。
 この家もまた、讃良亮介の死によってやっと崩壊できたらしい。望月壮太郎には、緊張の糸が彼女らを守っていてくれるように願うしかなかった。

 せめて、事件が解決するまでは――

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Novel Editor by BS CGI Rental
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