担架が運ばれていく。 真っ白いシーツの中には、まだ温もりの残る讃良亮介の遺体が横たわっている。これから彼は、監察医の手によって司法解剖がなされる。死因の解明は事件の解決につながる。解剖は讃良亮介の最後の言葉であり、事件について監察医と行われる最も重要な会話でもある。 望月壮太郎は廊下で合掌しながら、讃良亮介を見送った。 「どうだ、何か掴めたか?」 望月壮太郎が顔を上げると、隣に同じく手を合わせて讃良亮介を見送った男がいた。いつ、如何なる時でも服装を崩すことなく、髪型も綺麗に櫛を通して撫で付けている第一機動捜査隊長の佐橋宗春警視だった。やはり今もグレーの髪は綺麗に整えられ、ワイシャツの襟は糊が効いている。 「ええ、何となく手がかりだけは……」 「ダイイング・メッセージか」 佐橋宗春のバリトンは非常に良く通るため、捜査員の眼が、一斉に彼に集中した。 こういう場面では、初動捜査の妨げになるため、捜査員を戸惑わせるような滅多なことを言うものではない。それに気が付いて、佐橋宗春は望月壮太郎の耳元に口を寄せた。 「現場はしばらく手をつけずにそのままにしておくそうだ。もうすぐ捜一が乗り込んでくる。時間がない。急げ」 佐橋宗春は、元々捜査一課所属のノンキャリアだ。彼はノンキャリアの頂点ともいえる捜査一課長の有力候補だったそうだが、現捜査一課長の派閥との争いに敗れた。 捜査一課への確執は、望月壮太郎以上に深い。そのため、捜査力を疎まれる望月壮太郎を人一倍理解してくれるのも佐橋宗春に他ならなかった。一介の巡査部長をここまで信頼してくれる幹部クラスの警察官に、望月壮太郎は警察官としての命を彼に預けてもいいと思っている。 「関係者に今、話を聞いてきた。ここの人間は、信じられないほどに被害者に対して関心がないようだ」 佐橋宗春は口を大きく開けずに歯の間から息を吸い込んで、大きく溜息をついた。人間という生き物は難しい。事件を迎えるたび、望月壮太郎はつくづくそう思う。 「廊下では何ですから、場所を変えて伺います」 佐橋宗春は小さく頷くと、風のように音もなく歩き出した。捜査一課長に最も相応しい男。その声は数多くの捜査員から聞こえた。覇気も実力も伴わない現捜査一課長の姿を見るたび、その声を聞き入れない組織というものに疑問を憶える。 しかし―― 望月壮太郎は思う。佐橋宗春がいる限り、ノンキャリアの警察官は組織に殺されないと。機動捜査隊長の絶大な包容力と信頼は、今の自分にとって何物にも代え難い武器であるということを。
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