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推理小説殺人事件<改> 作者:幻柳院乖魄

第1回   胸騒ぎの殺意
 朝から続く胸騒ぎの正体はこれだったのか――

 それを期待していた気分も、今やすっかり諦めがついた。週刊誌連載の仕事を1時間ほど前に脱稿し、気持ちが幾らか高揚しているのだろう。久し振りの力作が出来上がり、心地よい脱力感に浸っていた。
 書斎で一人の男が机に向かっている。窓に背を向けた机の上には、方々から贈呈された書籍が積まれていた。
 讃良亮介は読み終えた本から顔を上げた。その本を向かって右側の山に乗せる。左側にある未読の贈呈本よりも、若干低い。
 讃良は未読の書籍の山より一冊を手に取り、猛烈な勢いで貪るように読み出した。鋭い視線がめまぐるしく動き、忙しなく右手がページを繰っていく。一冊を読み終えるのに、十分ほどの時間があれば充分だった。
 速読の上に、さらに彼は今まで読んだ本のすべてを一字一句を暗記している。
 集中力を解き放った讃良は、壁掛けの時計に眼をやった。時計には文字盤と秒針がない。長針と短針の作る角度で今の時間を読み取るものだ。
 讃良は椅子から立ち上がって大きく背伸びをした。
 書斎は見事なまでに殺風景だった。片付いているというより、何もない。壁に掛けてある日めくりカレンダーが、月が変わったのにまだ8月を報せていた。それから、机の横に置いてあるはずのゴミ箱が、部屋の隅に移動しているのが眼についた。
「あの馬鹿が」
 舌打ちをしながらゴミ箱を机の近くまで寄せた。ふと机の上に眼を向けた讃良に映った未読本の山の中に、一人の名前が見つかった。讃良はその著者の本を読まずに捨てることが、本の山を崩すことになったとしても何ら厭わなかった。

 部屋をノックする音が聞こえた。讃良は机の上を片付けていた手を止めた。作業を邪魔されたので、溜息混じりに扉を睨み付けた。食事と急用以外は、部屋への立ち入りやノックは禁じている。
 扉を開けた讃良は、訪問者の両手を挙げた不自然な姿勢に、視線はゆっくりと腕の先を追っていた。事態を把握しきれずにいると、頭頂部に鈍い痛みと陶器が割れる音を聞いた。
 讃良は家人には全く興味がない。家人を観察していれば、朝からの気分が晴れたのかもしれない。
 小鼻の流線に沿って温かいものが流れ、口の中に鉄のような血の味が広がった。痛みに耐えかねて扉にもたれ、床にへたり込んでしまった。
 背中が押される。
 外からひねられるドアノブが、讃良にはまるで生きているかのように見えた。ノブに手を伸ばし、讃良は床に倒れ込んだ。ノブはいまだに回転を続ける。讃良の指が触れて血で汚れたその姿は、怒り狂う獣のように猛っていた。
 薄れる意識と霞む視線を必死で正気に引き戻しながら、讃良はようやく待ち望んだ一つの結論にたどり着いた。

 ――朝から続く胸騒ぎの正体はこれだったのか。

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Novel Editor