霜降り星の夜に

作者：桜亞

最終回 　 霜降り星の夜に

とても冷え込んだ夜、 月明かりはさながら、星に霜の降りた、それはそれは澄んだ夜。 　　　　　　　　　　　　　　 今日も街のはしっこのチョコ屋さんは大繁盛。 それもそのはず。今日のような一年で一番澄んだ夜には、 街中の人々がお互いにチョコレートを送るから。 　 あっというまに売り切れるチョコレート。ようやくやってきた一人ぼっちの閉店時間。 　 チョコ屋さんはコックのぼうしを脱いで、チョコ色のコートをきると寒い寒い外に出ました。 チョコ屋さんにチョコレートを送ってくれる人は誰もいません。 クッキーの星は夜空にたくさん散らばっているのに、 この街にチョコレートを作れる人は、チョコ屋さんしかいないから。 チョコレートのしみのついた白いコック服。 チョコ屋さんは霜の降りたクッキーの星をひょいとつかむと、がりっと食べました。 星型のチョコレート お月様のチョコレート 太陽みたいなチョコレート たまごのようなチョコレート 苦いチョコレート 甘いチョコレート 大きなチョコレート 小さなチョコレート 黒いチョコレート 白いチョコレート バナナのチョコレート いちごのチョコレート きらきらパールのチョコレート かりかりアーモンドのチョコレート とろとろジャムのチョコレート さくさくナッツのチョコレート キャンディみたいに綺麗な紙にも包んだし 色とりどりのチョコレートをかけてみたり 星に混ぜ込んで空にあげたりしたけれど・・・・ チョコ屋さんはもう一つ星をつかんでがりがり食べました。 霜の降りた冷たい星はアイスクリームのよう。 　 チョコレートがもらえなくても別に悲しくないけれど (だってこの街のチョコレートは みんなチョコ屋さんがつくったから) 　 チョコ屋さんは悩んでいます。 分厚い黒ぶちのめがねがため息で曇り始めて、 この澄んだ夜全体に霜が降りてしまいました。 　 　 この澄んだ夜にもっともっとふさわしい、 もっともっと素敵なチョコレートはないものか。 もらった人が (自分はもらったことがないけれど) もっともっと嬉しくなるようなチョコレートはないものか。 チョコ屋さんはあたりの星をすっかり食べてしまいました。 チョコ屋さんのまわりは星屑がきらきら輝いています。 　 すると霜の降りた目は根の向こうに、だれか立っています。 チョコ屋さんがめがねを吹くと、また澄んだ夜の向こうに、 白い制服白いコート。白いマフラーを巻いた女の子が 手と鼻を真っ赤にして立っていました。 　 「チョコレートは売り切れですよ。」 チョコ屋さんは言いました。 女の子はお下げ髪をちょこんと揺らして 真っ赤なほっぺにえくぼを作ります。 そしてかじかんだ手を茶色いバックの中にいれ、何かを取り出しました。 女の子はその手の中にある何かを、 真っ白な吐息とともにチョコ屋さんにほってよこしました。 「あげる」 慌ててだしたチョコ屋さんの手の中に、 ひんやりと冷たい何かがありました。 すっかり冷えて、 女の子のように赤くなってしまった手の中に、 月の光を跳ね返して、それは冷たい空気ともに、 チョコ屋さんの鼻を甘くくすぐります。 それは何だか自分の匂いがしました。 「チョコレートだ」 それは不思議な形のチョコレート。 二つの羽が寄り添うように、 ふっくりとふくれて星のようにすっと抜けていく形。 滑らかな曲線、つやつやと光るチョコレート。 今までみた中で、一番強そうで一番割れてしまいそうなチョコレート。 　 　 それは冷たい手の中でももうとけそうで、 チョコ屋さんは急いで口の中にそれをほおりこみました。 チョコレートはみるみるとけて、冷たいチョコレートがとけてしまうと、 中からとても温かいチョコレートがとけだしてきて。 　 それはチョコ屋さんを幸せな気持ちにしました。 　 疲れた体と冷たい体がとろとろと温まって。 元気が出てきて、そしてとてもとても幸せな気持ちになりました。 「ありがとう」 チョコ屋さんの息はチョコレートを食べても白いまま。 澄んだ夜に甘い香りが流れ出します。 　いつかのように女の子はいませんでした。 　 ただクッキーの星だけが、 女の子の帰る道をよけて輝いていました。 星にも月にも夜にもチョコレートの霜が降りて、 遠い街からチョコレートすら解けないような かすかな温かさが伝わってきます。 　 小さなチョコレートはチョコ屋さんの口に、 どんな大きな形のチョコレートよりも熱い味を残して、 そして空に消えました。 とても冷え込んだ夜、 月明かりはさながら、星に霜が降り、それは澄んだ夜でした。 　　　　　　　　　　　　　　 　 　　　　　　　　　　　「霜降り星の夜に」　Ｆｉｎ

Novel Editor by BS CGI Rental
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