「ねえ。昨日のニュース見た?」 レネがポツンと聞いてきた。だいぶ暗くなってきた、学校帰りのことだった。 「昨日は何にもしてない。テレビも見てないし。でもあんたが話したい内容は知ってるよ。宇宙人のことでしょう。」 「そ。あれねえ。スゴカッタもんね。ニュース。そればーっかりやってるんだもん。」 「知ってる。あたしは見てなかったけど、理科の先生が教えてくれた。私気に入られてるらしいから。」 うんうん。レネがうなずいた。 「でもすごいといったらすごいよね。あれでしょ。宇宙じゃなくて、地球に向けて発信してたんでしょ。メッセージ。電波妨害でかなりもめたらしいけど。入ってたんだってっねぇ。聞いた?あれじゃまるで留守番電話だよ。ピーっていう音の後に入ってるんだもん。何でもね、学会が言うには、何年も前から根気強く発信してて、諦めかけてたとこやっと飛び込んで来たんだって。でもそんな話ぜんぜん無かったよね。知ってる?何年も前じゃ知らないか。」 「知らないね。少なくとも三十年近く前までは報道されて無かったんじゃない。」 レネが近くの木を見上げながら身震いをした。枯れ木(と言っても枯れてるわけじゃない。冬ごもりの準備だ。)にもう数枚しか残っていない葉が、制服のスカートをより寒くする。 「サム・・。もうちょっと下ろそうかな。」 膝がちょっと見えてるスカートは、引っ張っても下がらない。家に帰っての小細工が必要だ。 「三十年?まさか調べたんじゃ無いよね。」 「私が調べたんじゃない。うちのマニアな弟がよ。ちょっと前までは宇宙人がどーだコーダ言ってたもの。その時に自慢気に喋ってたわ。過去三十年の記録が何だカンダ。」 「あれ。でも弟さんってこの前『小学生地球愛護精神作文全国大会』とか何とかいうマニアックな作文で銀賞取ったって言ってなかった?」 「馬鹿の興味なんて日進月歩、マニアアンド馬鹿の道をツッパしんのよ。ジャンルなんてドーデもいいんだわ。きっと。」 信号を無視して進もうとしたレネの肩を、私は乱暴につかんだ。一台の白い車が、馬鹿でかい音と排気ガスを残して走り去っていった。一瞬見えた運転席の女の顔が、あからさまに歪んでいた。 「化粧濃いのよ。」 私はぶおんぶおん文句をたれる車の後に言葉を乗せた。あれはきっと彼女の人生において付きまとう、人々の心のささやきに違いない。まぁ本人の勝手だが・・。 「もう、これだから都会っていや。車が多いのよ。運転荒いし。」 「あんたが悪いのよ。いい加減都会の法則を覚えるのね。」 と言いながらウインカーを出している車の横をさっと通り過ぎた私に、レナは大人しくついて来た。 「親友は頭はいいけど口悪い。そのくせ先生からは可愛がられて。スカート短いしカバン空っぽだし。それでも怒られない。友達にもそれぞれ顔変えちゃってさ。せこいよな。」 「あんたと私って親友だったの!ならそれなりの顔してあげる。転校生に優しくしたげる委員長の私がいい?それともいつも明るく友達思いな優等生?取って置きは授業中の大人しく賢い私?今なら特別にメールアドレス教えてあげる。この世に家族と会社を除くと誰も知らない超レア物。」 「ひっど。お小遣いピンチなの。一番安いのでいい。私も可哀想。こんな奴からにしか相手にされないなんて。どうして友達少ないのかな?」 目の前に迫った歩道橋の一段目を、レネはガックリ首を落として上り始めた。 「前の友達もそう言ってた。転校してったけど。何とかやってるって。・・手紙留めてんの私か。もうかれこれ五ヶ月ね。」 レネの背中は明らかにこいつってひどい奴、と嘆いていた。 「それでね。」 歩道橋を上りきると、レネは話を続けた。 「その科学者達が言うにはさ。地球上のさ、何かいろんな現象は全て宇宙人達がやっているんだってさ。勿論これには多くの科学者達が断固反対してて、これからもっと詳しく声の分析やら発信地の断定やら、再度の交信を試みる方向らしいよ。反対と言うかもう批判だね。地球に向けて、地球上から帰ってきた電波なんだから地球上の、それこそあるカップルの電話での別れ話ではないという証拠があるのかぁって。」 なんて。レネがまともに言うからこっちはふき出すのも馬鹿らしくなってきた。 「あはは。何だそれ。それって私達も言ってたよ。この世に起こる全ての異常現象及び自然現象は宇宙人が引き起こすのだっ。一時期それが弟の学校で物凄い噂になってさ。お茶屋さんだとか花屋だとか。商店街からも何本か電話が入ったらしいよ。終いには校長先生まで興味持っちゃて。まぁその時はだいぶ噂も消えかけてて、弟がいい話相手になったみたい。でも噂になってみれば案外興味が失せたもんだから。今となっては地球愛に目覚めちゃった。何回も言うけどホンっトーに馬鹿。お母さん達も色々近所の噂話を吹き込んだみたいで。もう聞いてたらこの世が本当に信じられ無くなるよ。何だ。何年もって言う事は、昔にもあったんだ。そんな話。人間ってなかなか進化しないものね。それでその宇宙人何て言ってたの。まさか日本語で丁寧に喋ってたんじゃないでしょうね。」 「それなんだけどねえ。なんかテープが悪かったらしくてよく分からないんだって。なんせ何年も回りっぱなしだったからって。でもある噂では予算が足りなくて変えられ無かったんじゃないかって。でもテープに入るってことは言葉なんじゃない。英語かな。」 「宇宙人にも英語が共通語だなんてそんな馬鹿な。大体何。分からないんじゃ交信のしようも無いじゃない。矛盾だらけの結果ね。ほんとに信じていいの。その話。」 レネは首をかしげた。今度はちゃんと信号を守る。この町を横断する、大きな通りだからだ。 「疲れた・・・。めんどくさいな。委員会って。学校行きたくなあい。」 「でもダイブ文句言わなくなったよね。先生ともまともに喋るし。慣れてきたの?ようやく。」 「転校生のあんたに言われたくない。そうだね。そうかもね。」 ひらりとはためくスカートも、入学当初のようなテカリはもう無い。まぁ長さも違う。 「二年生か。何かクラブにでも入ろっかな。先生達も薦めてくるし。」 信号を渡り終えて、左に向かったレネがにっこりうなずいた。 「バレー部。いっしょにやるならね。人数少ないし。」 私はハイハイと笑って、右に向かっていった。西日が電柱に消えかかっていた。
横で本の山に埋もれて何やらぶつぶつ言っている弟を無視して、私は制服をハンガーにかけた。ヒマな奴。弟も、私も。 「留守電。あんた気付かなかったの。」 「留守電?知らないよ。僕本しか見てないもん。お母さんがまた始めたんじゃないの。留守電詐欺。」 「もうしないって。最近役員からの電話がかかってくるからちゃんととるって言ってたじゃん。」 赤い光が、押してくれ、聞いてくれ、と訴えかけてくる。
私は留守電再生ボタンを押した。
終わり
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