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ちまたでウワサのうちゅうじん 作者:桜亞

第7回   天文学者殿

天体観測日記
 水曜日
 火星・・・軌道良し。
 水星・・・上に同じ。
 その他太陽系諸々の惑星・・・同。
 地球衛星・・・食べかけのチーズセンベイ
                終わり
 水曜日
 
 今日、拙者はある者と電話でやり取りをした。その者というのは常識のかけらも無いような大変無礼な男であった。全く電話代の無駄のような気もしたが、そうそう悪くも無い話だった。いや、やはりとても気分が悪い。なぜならあの男との会話のせいで、拙者はいつも楽しみにしていたとある連続ドラマ、世の者は時代劇ともいう代物を見逃してしまったのだ。幸い再放送だったものの、ビデオまでセットしていた拙者の努力が水の泡ではないか。明日の夜はうんと夜更かしして、十一時からある再々放送を見なければならん。哀れこの世や。
 さて、その男というのが全くの無礼者であった。生まれてこのかた、あんな礼儀もクソも無いような話はした事がない。間違いなく打ち首である。この間今日に勝る無礼な文を送ってよこした奴だから、まぁいた仕方あるまい。
 拙者はあのような奴をかばう訳ではないが、あの男の話はなかなか興味深い。まぁなんと宇宙人とな。天文学者である拙者にそのような愚話を持って来るというと、根本的に流れとる血はただのならず者といったところか。しかし文の中にあったような行動力にはあっぱれなことじゃ。凡人はあそこまでせん。やはり仏も見捨てる馬鹿であろう。
 宇宙には無限の可能性がある。あの者が言った事も起こりうる。更にはもっと恐ろしい事、又はどうでもない事かもしれん。うむ。確かにこのことは拙者が考えねばならん。本当なら国をあげて模索せねばならんが、いや無理であろう。いつか天罰が下るに違いない。
 これは新たに得た仮説であるが、もしあの男の言うトオリ、この星に宇宙人が潜んでいるなら、いま、多くの学者達が行っているような、いつきゃっちされるかも分からん、増してやいつ帰って来るかも分からん宇宙への発信よりも、この地球上に向けての発信を提案した方が得ではないのか。地球上のことは拙者の専門外ではあるが、まだ全ての部分に人類は足を踏み入れてはいまい。もしかしたら、探すならそういう場所を探すと踏んで、実は拙者たちのすぐそばに潜んでいないとも言い切れまい。拙者達はちと今まで遠くを見すぎていたのかもしれん。拙者は道を誤ってしまっていたのだろうか。いやいやまだ遅くはないはずじゃ。未だに誰もやっていない事を、拙者たちは出来る。これはちゃんすなのだ!拙者はこの提案を、今度の学会に発表しようと思う。この提案を他の無能どもに教えてやるのは、ちと心残りだし、増してや危険な事でもある。しかし拙者たちにはこれだけのことをやり遂げるほど、予算が無い。人民から駆り立てるようなことは拙者は絶対にせんぞ。というか出来んのじゃ。それは拙者の良心が責めるからな。
 学会の連中がこの提案を受け入れてくれん可能性もある。学会などとは言ってもその実態は小さな、いわばクラス会のようなものじゃから。もしこの小さなクラス会が動いても、学年、生徒会にまではなかなか行かないように、小さな、名も知れてない学会が動いたところで、国やら世界に羽ばたくにはとんでもない苦労が要される。その学会の仲間ですら信用が置けないというのだから、拙者たちの道には燈台の明るさすらさして来ない道ということになる。
 しかし私達、いや拙者たちはあきらめんぞ。
どんな戦にも正義を貫いたあの殿や、家臣、侍たちのように、もしかしたら拙者たちには侍すらおらんのかもしれぬが・・。いや、正義は勝つのだ。勝利の女神、戦の星火星が拙者たちを勝利へと導いてくれるに違いない。    
 その為に明日から拙者は論文を仕上げねばならない。事例をふんだんに盛り込み、説得力のある素晴らしい論文をだ。原稿用紙ならたくさんある。レポート用紙は百円均一の店が切らしていたのだ。そして拙者はこの案を提供してくれたあの男に、何十枚かの原稿用紙をプレゼントした。ファンタジー、およびSF何とかという相手に、そんなにアイデァがあるなら出版社に持ち込んではいかがですかという返事があったそうだ。H社にこんな話題が好きな編集者がいますから、どうぞ私達なんかに切手の無駄遣いをせずに。ということで彼は今執筆中である。確かに彼はなかなかいい作家になれると思う。まだ学生で将来もある。常識さえ叩き込んだら有望だ。ついでと言っちゃなんだが、便箋もやつた。送ってやった。文書く為の物を送るというのも変な話である。拙者は語らい草になるだろうか。しばらくはこの愛しい日記ともさよならである。卒業論文を書くときもやめなかったのに、今この時は大事である。拙者の、いや人類の未来がかかっているのだ。宇宙人との連絡がつき、この地球も宇宙に飛び出す時がくるかもしれないのだ。それ以前に地球が今抱えている数々の問題についても力をかせるかもしれない。この世だって捨てたものではないのう。もしもこの提案が通って、成果をあげれたら、この世は拙者の天下である。もし通らなくても、きっとあの男の書いた本を未来の若者が手に取って、感動し、時代の流れにも負けない根強い提案になるかもしれない。拙者は出来ればその時まで生きて、栄光を手にしてみたいが、世の栄光も儚いもの、人の命など取るに足らない儚さ。人の夢と書く儚い言葉じゃ。天才はたえず、死んでから認められる者。拙者はそのような人々を見習って、常に自分を信じ突撃するものであろう。うんうん。我ながらあっぱれな心がまえじゃ。
 さて、そうこうしているうちにすっかり世が明けてしもうた。長々と書いてしまったのも、未来へ対する不安からか、それとも日記よ、お前に対する愛情からか・・・。ようし。若き(自分を信じるのだ)力を振り絞り、素晴らしい論文を仕上げ、学会の連中をあっと言わせ、国をうならせ世界を揺るがし、そして・・そして・・。宇宙人たちよ!拙者の目に止まったからにはもう隠れられん。拙者は今燃えておるのだ。この部屋に無造作に投げ入れられた、催促の文に埋もれていた文が、そしてそれによってつながった一つの電話線が見せる恐ろしき運命。失敬。みらくるな運命の前を目にもの見せてやる!
 さぁ、書くぞ。
 ふむ、何を先ず書こうか。ぐっと興味を惹くために文のような形式で書こうか。その場合はこういうことに気をつけねばならん。
 前略の場合、最後の結びの言葉は草々であるということ。最後が敬具の場合は始めの言葉は拝啓か何かで始める事。もう何でもいいわい。
こういうことも、あの男に教えねばならん。気取る割には、本当に常識がなっとらん。あれでよく先生などを目指そうとしたものだ。
さて、原稿用紙はどこにしまったのか。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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