さわさわいう衣擦れの音に、私の、マイクで増徴された声が通る。 「それでは大学生諸君。私は比良の台小学校から来た校長の柳と申すものです。今日は勉学にいそしむ君たちの時間を、少しばかり頂戴して、小学校、及び諸々の教育機関における、子供達のことについてお話したい。」 ごほんごほん。真剣なまなざしが私を貫く。 かっては私もこのような目で未来を見つめていたに違いない。若さとは何て素晴らしいものなのだろうか。 「さて、今日の講義の内容は子供の想像力、そしてそれの伸ばし方。いや、何、難しそうな言葉を使うが大したことは無い。子供というのは好奇心の塊だと言うが、想像力においても同じ事が言える。現代の子供は、あまり本を読まず、情報は全て目から入る。いやいや。悲しい事にこれも事実でありますな。いやしかしですな、君たちもそうであったように、若い頃というのは噂話が好きですな。友達のこと、家族のこと、近所のこと、これはいつの世代になっても女性は好きですな。それからうっとうしい先生のこと。」 私はにっこりと学生諸君に微笑んで見せた。何人かの学生は笑い返してくれたが、やはり硬い顔が多いのは、残念な事です。 「あれは全て本当のことでしたか?さぁ。皆さん、よく思い出して下さい。根も葉も無い噂。多かったでしょう。流れ出る噂のうち、ハチジッパーセントはそんな噂じゃありませんでしたか?あれはそう。想像力の産物。」 だいぶ学生達の反応が見られるようになってきました。後、もう少しで私の講義は大変有意義なものになりますよ。 「そうでしょう。皆さん。いやいや。共感を持っていただけるのは大変嬉しい。ところでこれは私の小学校で流行っている噂なんですけどな・・。」 と、私は講義室の窓を見ました。こう、遠い目で。こうやって、一息置く、というのが大事なんですな。これをすることによって、感心というのはぐぐっとこっちに向けらるものなのです。 さて、こういう細かな気遣いを身に付けるのは、この学生諸君達は、いつの事になるのでしょうか。 「その噂はですな。・・宇宙人です。」 しいん。 いやいや。おとなし過ぎるというのも困ったものです。あちらこちらで顔を見合わせるだけで、何も反応しない。何にも、ではありませんな。私に、何も。 「皆さん覚えがあるでしょう。あいつは宇宙人だとか言って、はしゃいでいた日々が。私の小学校でも、今そのような噂が流れております。いや。あまり子供達と直接話はできないものの、担任の先生方が、色々持って帰ってきてくれるんです。お土産話ですか。職員室と校長室とはドアをはさんでおりますが、いや、何、時たま私をいつも支えてくれる教頭先生がな、ドアを閉め忘れるんですよ。私に来た電話を取り次いでくれたときとか。私は何も教頭先生を批判しているのではありませんぞ、学生諸君。彼のおかげで私は実に多くの情報を得ることが出来るのですから。そしてその拾った情報の中に、さっきの宇宙人の話があったわけです。」 けほんけほん。 学生達の集中力がこんなに少ないなんて私は思ってもみなかった!何ですか。あっちに動いたり、こっちに頭を傾げたり。これじゃぁ小学生の朝会と、なんだ変わりないじゃないですか。 きっとこれが若さというものなのでしょう。 「いやね、六年生の先生方の話なんですが、最近、学校の前の神社にUFOが飛来して来ると言うんですな。」 クスクスとささやきがもれました。中には真剣に聞いている学生もいるというのに。いやいや、そこは人間の個性というものなのでしょう。 「だから開門時間が早くなったのだと。どうです?君達や大人達にとってはこんなにもどこにでもあるような、いわばどうでもいい事でもです。子供達にとっては想像力を掻き立てられる重要な出来事であるわけです。お分かりかな?学生諸君。思い返してみれば、私にもそういう時期がありました。私は都心の方で育ちました。この中にもいるような、蛙の合唱や、偉大なる山々があるようなところで育ったわけではありません。いや、確かに今のここに比べたら、たくさんの自然はありました。しかし見渡す限り、広大な田んぼが広がっている、行けども行けどもあぜ道が続く、そんな素晴らしい場所ではありませんでした。」 学生達は顔を見合わせるばかり。中には顔をしかめる者も!いやいや。これはいけない。たとえ誰かの意見に賛成出来なくても、それを顔に出す。それはいけない。断じていけないことであります! 「ええ。オホン!ん。中には私の意見に賛成できない人もいるみたいだが。そう。私はそんな中でも、友達同士で、宇宙人戦争という遊びを考えついたのを覚えております。私のところは母親も厳しく、なかなかそんな野蛮なゲームはさせてもらえなかった。いや。そうではなくて、きっと戦争で死んだ、祖父に合わせる顔がなかったんでしょう。あんな恐ろしい事を、遊びに使うなんて。私も今となっては反省しています。しかし、まだ町のところどころに残る、ひび割れ、それこそ戦争の傷跡とも呼べる品々を見ていると、どうしても想像せずにはいられなかったのです。これが、子供の残酷な無邪気さというものだと、私は信じたい。」 へぇ。以外ですな。みなさん私の方を向いて、そんな真剣に見つめて。私の思いに、何か通ずるものがあったのでしょうか。せめて、この若者達だけでも、戦争反対と叫べる大人であって欲しいですな。子供ですら、こんな恐ろしい遊びを思いたってしまう。恐ろしい。 おっと。話がずれました。 「うん。皆さん、真剣に聞いていただいて本当に嬉しい。皆さんも、ふっと思うのではありませんか?広く、高く、果てしなく思える空からの来訪者のことを。そして私は、今日の子供が考える宇宙人について、またもう少しお話したい。手始めに、いや、本題から行きましょう。子供達は、今、宇宙、地球、人類、そして文明、加えて宇宙人に対して、このような考えを、持っているのです。」 と、私が意気込むと同時に、学生達もおのおののペンやら筆記用具を持って身構えました。 そう、この感じ!溢れ出る熱意、きらめく夢へのミチ、青春! 「この地球上における全ての異常現象及び超常現象。果てまでは地球で当たり前に行われているたくさんの自然現象!そういうことは全て、そう!地球に密かにやって来ている、宇宙人が引き起こす事なのです!」 ・・・。学生達の視線が飛び交います。ぽつり、ぽつりと、おお・・というため息が聞こえてくる。そうそう、この感じ。 「いやいや。みなサンありがとう。もう結構だ。幼い子供達は、過ぎていく暦の中で、これほどまでに深い世界を創造することが出来るのです。更に続く、日常のほんの小さな一コマ、それを学校全体に広め、宇宙人の存在を身近にし、生活を楽しんでいるのです。いやいや。確かにこじつけに近い部分もあります。それでもですよ・・・。」 そろそろ時間が気になって来ました。ああ、何てたつのが早い。光陰矢のごとしとはこのことを指すのです。私は懐から、この日のために大事に温めておいたメモを取り出しました。 「今から皆さんにその些細な日常の中に浮き彫りにされた、子供達の噂話を、いくつかツマンでお話します。もちろんこれは私が職員室の、しかも教頭先生が運良くドアを閉め忘れていった時に、たまたま聞こえてくる噂をピックアップしていったものですから、あまり鮮度はよくありません。最近よく校長室を抜け出して、子供達と話そうと思っているのですが、これがなかなかで・・・。大人には内緒にしながらの噂。きっとこれがスリルがあつて楽しいのでしょう。上に立つ者は、こういうとき黙って見てあげる優しさを持つことが大事であります。いや。しかしこれだけ集めるのにずいぶん苦労しましたよ。」 メモ用紙はたたんであります。広げるとなかなかに長い用紙です。そこにびっしりと書かれた私の努力の結晶ともいえる噂の数々! 私は一生懸命、学生達に教えました。子供の目のつけ所の鋭さ、素晴らしさ、宇宙の神秘、地球、そして、自然の雄大さ。一心不乱に徳を教えようとした私の意思が伝わったのか、この講義が終わる頃には学生達の顔が、ひどく堂々として見えました。何年も苦しい現実に耐え、そして打ち勝った、あの満足げな顔。私もとても満ち足りた思いになりました。学生諸君から、若さ、そして元気、こう、初々しい気力といいましょうか、とてもいい経験が出来たと思っています。 今日の講義は、大成功ですよね。
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