むんむんとコーヒーの匂いが立ち上る中、高田先生は机の引き出しをごそごそとあさっていた。職員室では、至極当たり前の光景だ。 とくに高田先生ときたら、プリントやら教室の鍵やらサイフ、密かに先生の机の中はブラックホールに通じている、とまで言われるほどの無くし症であった。僕はそんな彼女が嫌いではない。 「高田先生。」 ひょいと振り返った先生の顔には汗がにじんでいる。 「先生。はい。なにか?」 僕は彼女の前に携帯をぶら下げた。高田先生の顔が急にほころんだ。 「まぁ。先生どうもありがとうございます。どうして分かったんですか。どこにあったんです?」 「先生の机の引出しの中。教室の。いや。前もこんな事あったでしょ。もしかしたら、と思いましてね。」 高田先生は、どうもどうもと言いながら、机に座りなおした。僕は教室での出来事を話した。 「えぇえぇ。そういえば、最近生徒達の間でも噂になっているみたいですよ。あの話。宇宙人でしょ。子供の発想は、豊かですよね。あの三人組、ここぞとばかりに喋りまくっていますよ。どこで広めたのやら。」 すると、僕たちの横に教頭先生が立っていた。 「宇宙人?子供達がもっぱら噂しているあれですか。あれねぇ。一体どうゆう話なんですか。教頭として、一応校長に話す義務がありますから。」 やれやれ、という顔で、僕たちは顔を合わせた。これが教頭先生の困ったところだ。 「じゃ、いいですか。教頭先生。子供達が噂している宇宙人というのは、何でもある生徒の近くに住んでいる髪の長い幽霊のことですよ。」 僕は目一杯怖がらせたつもりだったが、教頭は何も言わず僕をにらみつけた。高田先生が慌てて付け足した。 「それからですね。ええと・・。そうそう。幽霊じゃなくて、宇宙人ですよね。あの、学校の前の神社みたいなところ。あそこにUFОが来るって、どこかのお家に電話がかかってきたそうなんですよ。」 「なんですかなそれは。脅迫電話のような物ですかな?」 「いっ、いえいえそういうものでは。それが宇宙人からの電話ですよ。つまり、テレパシー・・なのかな。」 教頭はそれを脅迫電話だと思い込んでるらしかった。しきりにその電話がかかってきた家庭の電話番号を聞き出そうとしている。高田先生は必死で、それは子供達の噂だと言う。 「聞いたところによりますと、何でも商店街に落書きしたという噂まであるらしいじゃないですか。この間、やっとお茶屋さんの看板を地域清掃したというのにけしからん事じゃないですか。山森先生、高田先生。お宅のクラスの児童じゃないでしょうな。」 「そんなまさか。」 僕と高田先生は口をそろえて否定した。その声に驚いたのか、三年生担当の黒太先生がニコニコしながらやってきた。 「宇宙人の噂でしょう。うちのクラスでも騒いでいますよ。でももっとすごい内容ですよ。地球の全てのことは宇宙人が引き起こしてるって、理科の時間中大騒ぎ。」 「それは学級崩壊の兆しということですか、黒太先生!」 やれやれ。 「三年生の方が不思議に思うことって多いんですねぇ。やっぱりそれだけ六年生は大人ってことですか。いいですねぇ。」 黒太先生はいいですねぇ、いいですねぇと言いながらコピーをとりにむかった。なるほど。あのガキんこたちも、三年生に比べたらちっとは知ってることが多いのか。いや、ただそんな事に興味はなくて、だれだれがきもいって事しか頭に無いだけかも。 「そうそう。この間の台風とかね。そうですよ教頭先生。そう、ただの噂です。たわいも無い、かわいい子供達の。そんなにおかたくならないで。ほら、校長先生。お電話終わったんじゃないですか。」 未だにぶつぶつ言っている教頭が、何とか向こうに言ってくれた。 「これだから。山森先生?どうなさったんですか?教頭先生にすっかり話してしまいましたけど、大丈夫ですよね。」 「えっ?あっ、大丈夫ですよ。そのうち噂なんて消えます。これを機に宇宙などへも感心が高まってくれたらいいんですが。なんだか何があっても、先生、これは宇宙人の仕業なんです。なんて言われそうですねぇ。」 職員室の隅の笑いが、教頭の怒鳴り声にかき消された。 「六年一組!先生、至急、商店街会長からのお電話、取次ぎたい!」 僕と高田先生は顔を見合わせた。どうぞ、誰かこれは宇宙人のせいだと言ってくれないかな。
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