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手紙〜letter〜 作者:夏麻

第7回   6.開かずの扉の向こう側。



 開かずの扉が目の前にあるとするなら、
        君はどうやってその扉を開く…?

『俺の生涯の愛を君に』それ程の事を云われておいて、放っておくのはただのバカよね。
手紙の内容で気になる部分が一つもないわけじゃないけど、彼に会いたいっていう気持ちしか見えなく、彼に会えば全てが分ると思った。
『俺の大好きな奴』あたしはその“大好きな奴”が頭の中で笑って手を振ったのが分った。
 もしこれで彼が出てこなかったら、あたしは一体どうしていたんだろう。どう考えても、手紙を探すのを諦める…という選択肢は見つからなかった。
 頼に会いたい気持ちは本物なんだと自分で感じると、少し嬉しくなった。
 大槻 完ーあたしの頭に突如飛び込んで、あたしを救ってくれた大槻とあたしは3年間同じクラスだった。
そんな大槻完は頼と仲が良かった、それはとても。とても。
 彼女だったあたしは何度大槻にヤキモチを焼いたことか…数え切れない程だ。
 ルックスも、性格も中々の大槻は、頼と並ぶと一層人気が上がった。そんな二人の間に“頼の彼女”ということで無条件でいられた自分は、今思い返しても凄いと思う。
 大槻を思い出した瞬間、凄い勢いで上着を掴んだ。
階段を滑るように降りると母親に声をかけられ、勢いは止まる。
「ドコに行くの。」
 ちょっと、そこまで。
適当な言葉を返し、再び走り出す。そのまま玄関も飛び出す…と。 ガシャンッ。
入り口に繋がれてる我が番犬は久しぶりにあたしと顔を合わせたように、嫌にはしゃいでいる。
あまり吠えないことで有名になってしまった家の犬は、番犬としては全く役に立ってないのでは…。と密かに思っている。
 そんな番犬を置き去りにし、あたしはガレージの方へとぐるりと廻り、ムリヤリに押し込まれている自転車に鍵を差し込むと一気に引き抜き、ペダルを漕いだ。
高校へは毎日自転車で登校するため、スカートでの自転車には慣れている。
 家のすぐ前が下り坂ということも助けて、いつもの倍以上のスピードで大槻の家を目指した。
確か…白鷺の方だった。ぐんぐんと上がるスピードは、きっと今のあたしの気持ちを表わしているだろう。
その気持ちにゆっくりとブレーキをかけ…止まる。
目の前には別れ道。でも、どっちへ行けばいいのか分らないでいた。
ここは…息をのんで右折する。
 勘だ。
 先程までの坂が逆になり、辛い長い上り坂。
見たことのあるような…ないような。曖昧な景色に目を見張らせながらあたしは赤い屋根のした青いポストを持った家の前で止まった。
 一瞬の躊躇、此処が本当に大槻の家だという自信があるわけでもなければ、本人が居るという保証があるわけでもない。
果たして、大槻はあたしがチャイムを押す前に玄関から姿を現した。
「あ、やっぱりおーみちゃんだ。」
 にこり、と笑顔。
「久しぶり。」
 何故か緊張していることにあたしは気が付いた。
なんだっけ。 大槻を目の前に、色々と考えていたことが全て飛ぶ。覚えた英単語を何かの衝撃で忘れた…そんな感覚と似ていた。
 えっと…
色々と焦り、逆に口籠もってしまったあたしを見て、大槻は優しく門を開けた。
「中に入って。おーみちゃんが来るの何となく知ってたから。」
 頼も大槻程勘が鋭ければいう事なんて何もないのに…。彼は「超」がつく程鈍感だった。
 あたしはペコリ。と頭を下げると、大槻に促されるように家の中へとお邪魔させてもらった。
「お邪魔します。」
 あたしの小さな声がポツリ、と響いた。
「楽にして良いよ、今母さんでかけてるからさ。」
 そんな大槻を見て、数ヶ月…一年にも満たないうちに人は変るものなんだと、実感させられた。大人っぽくなった。中学の頃のような煩さは何処にもなく、静かにあたしの言いたいことを察する。
「座ってよ。」
 軽く指指された若草色のソファーにあたしは腰を沈ませる。
思ったよりも全然ふわふわなソファーに少し戸惑う…そんなあたしを見て、大槻は笑った。
「ほんっと、久しぶりだな。 元気してた?」
 大槻の笑顔は何にも変ってなかった。でも、そっちの方が心が軽くなる。ようやくあたしの知っている“大槻完”に逢えたかと思うと、ほっとした。と同時に笑顔が零れた。
「そういや、聞いた?ライオンの話。」
 少し哀しそうな瞳を見せて、頼の話。
「…?」
 あたしは軽く首を傾げ、“分からない”と呟いてみた。
「あ。じゃああれに書いてあんのかな?」
 ちょっと待ってて。 そう言い残して何か思いついた様子で自室に入り、数分もしないうちに戻ってきた。…右手にはあの白い封筒を持って。
「それ。」
 あたしは思いきり立ち上がってしまった。
「それ…。」
 あたしは泣きそうな顔で大槻を見た。
「分かってるよ。…はい。」
 優しく封筒を差し伸べる。
あたしはその端を掴むと、自分の方に軽く引き寄せる…が、大槻の…は一向に離れない。
「ちょ…大槻?」
 あたしは問い掛けるように大槻を見ると、さっきまで見せていた笑顔を無くし、真剣な瞳をしている。
「一つだけ、これを渡す前に約束して欲しいことがあるんだ。」
 今まで…それこそ中学3年間で1度でも見たことがあっただろうか。こんなに…こんな表情をする大槻を。
「から何。」
「ライオンに、会いたいから来たんだよね?」
 確かめるような口調。
「うん。」
 恐る恐る頷いてみせる。そうじゃなきゃ 来ない。
「じゃあさ。ライオンに会えるまで…もしくわライオンに会う手段を得るまで決して。決して諦めないと約束してくれ。」
 …何それ。 諦める? 会う手段?
一体この人は何のことを言っているのだろう。あたしは…あたしは唯頼に会いたいだけなのに。
「何のことか、イマイチ分からないんだけど…」
「それでもいい。そのうち分かるから。嫌でも分かるから、それでも、それが分かる前におーみちゃんの口から聞きたいんだ。どんなに果てしなく続いたとしても決して歩き続けるのを止めないって。」
 それじゃなきゃ…。大槻はそう付け足すと、あたしが少しだけ掴んでる手紙を引っ張り返す。
「これは絶対に渡せない。」
「約束するよ。」
 その言葉、口を開けると勝手に飛び出した。
「あたしはその為に来たの。何があっても会いたいの、頼に会いたいの。」
 そして…
「ちゃんと聞きたいの。あの時の、あれ以上踏み出せず聞くことの出来なかった“別れ”の意味も」
 大槻は安心したかのように目を細めると静かに身を引くように手紙から手を離した。
「開けなよ。」
 え?
「今すぐ開けたいって顔、してるよ?俺の家だから…とか気なんて遣わなくて良いんだから。」
 大槻の優しいのは今に始まった事じゃない。でも、多分凄い形相をして捲し立てた相手にまで見せられる優しさは凄いと思うし、何かとても格好良く見えた。
「〜ありがと。」
 真っ白な封筒があたしの手に渡り、これでようやく2通目だ。ゆっくりと封に切り込みを入れるその手はこれほどにない程、震えていた。
気が付くと、大槻はあたしに一杯のお茶を出し「ゆっくりしてってね。」と言葉を残し、自室へと戻った。
その様子を気配で感じながらも、目は手の中にある一通の手紙に釘付けになっている。
 静かなリビングに緊張の一瞬が漂った。
封筒から取りだした一枚の紙は外見と同じく真っ白をしていた。なんで白い紙なんだろ…。
 そう呟きつつ、折り目にそって開いていった。
出だしは、あたしに送られてきた時とほぼ一緒。
『弱すぎた俺から送る二つめの手紙です。』
 独特の右上がりの字が昔の思い出をフラッシュバックさせる。続けて文面に目を落とす。
『まずはお疲れさま。
 思い出を一つ、君に話すよ。
 覚えてるかな?君と付き合って初めてのデートは遊園地だったね?ライトアップされてた観覧車が夢否、あの遊園地。
 君がこの手紙を読む頃にも未だ、あそこにはあるのかな。
 有名な割りにあまり客数が伸びない あの遊園地。
 夜になって、明かりの付いた観覧車に絶対乗るんだ。って初めて云った君の我儘。
 君には俺が迷惑がってるって思ったみたいだけど、違うからね。
 そっぽ向いた俺に何度も君は謝ったけど、理由があるんだ。
 まだ明るかった夕方、我儘を云う君が愛しくて愛しくて赤く染まった頬を君に見せたくなかったんだ。
 恥ずかしかった。我儘を云う君が可愛かった。
 次のヒントは…もう分かるよね?』
 そう綴られて手紙の文字は途絶えた。
“次のヒントは?”
「あの、大槻?」
 コンコン。 二度程ノックを繰り返し、先程大槻の消えた扉に話し掛ける。
「終わった?」
 先程まで見ていた筈の大槻の顔。…だけど凄く久しぶりにあった感じがしたのは何でだろう。
「うん。それでこれ…。」
 白い封筒を見て、あたしは様子を伺う。
「あぁ、持って行って良いよ。」
 にこり。
大槻の言葉に微笑んでみせる。
「ありがと、〜これって続くんだね。…どれくらい続くのか分かる?」
「“止めないで”って云ったでしょ、そのうち君にもこの謎が解けるよ、おーみちゃん。だから、投げ出したくなってもいい。途中で止めてもいい。…でも、いつか、いつか思い出して集めて。また、集め始めて。」
 “投げ出すな”“途中で止めるな”そんな否定の言葉を一言も入れなかった大槻の優しさが、泣けてくる。
 でも、その中で云った“諦めないで”それが凄く重くのしかかる。
「止めたくなったら…相談してもいい?」
 あたしの情けない言葉にも、笑って頷いてくれた。
「それでも、いつかは最後まで終わらせると誓うならね。」
 当たり前じゃない。
「ちょっと…行ってくるね。」
 再び笑顔を交わす、あたしと大槻。
変らない友情がそこにはあって。少し嬉しくなる。
「またね。」
 おう。
 ガッツポーズを作った大槻を後ろ目に、あたしは家を出た。
小さな小さな声で 行ってきます。 と呟いて。
その声は決して聞こえる筈はないのに
「いってらっしゃい。」
 後ろから掛けられた声に涙が出てくる。
自転車に鍵を差し込むと、もう一度白い手紙を広げた。
 手紙の裏には小さな文字でps.と書かれていた。
あたしは、その文章を声に出して読んだ。何故声に出したのか分からない…でも、そのお陰で気が付いたのかも知れない。
 それは、良くあたしも見せられた…一人の小説家の書いた無数の本の中のたった一冊に出てきた…文章の一節。
『開かずの扉が目の前にあるとするなら、君はどうやってその扉を開く…?』
 …蹴り破るわよ。一人じゃムリでも頼、あたしにはあなたが居るんだよ? ねぇ、頼。あなたもそう答えるでしょ?
 一人じゃムリだって、自分の人望使って、沢山仲間を集めて破るの。だけど、あたしはそんな弱っちい頼に惚れてるの。
 あたしの頭は、心は、性格は頼に洗脳された頼色になってるんだもん。
「あ、おーみちゃん。ライオンに会えたら俺は元気だって語ってやって。どんなにお前に対して怒ってるか…。・でも、好きだぞって云ってやって。」
 帰りかけたあたしの後ろから、叫ぶように窓から乗り出した大槻は云った。
「おっけ。まかせといて。」
 大きく手を振って、大槻の家を後にした。
あたしは自分の記憶だけを頼りに、次の場所へと向かう。
『次のヒントは…もう分かるよね?』
 あの、遊園地でしょ?この小さな小さな街の唯一の遊び場。
 最初のデートであそこを選び、次にそこを訪れたのはダブルデートの時。うち等なりの大槻に彼女が出来たパーティだったんだよね。
その後も何度かいった場所。あたし等のお決まりのデート場。そこに行けば分かるんでしょ?頼。
 未だ続くかも知れないし、次で終わるかも知れないこの旅は、なんだか頼に会うための道なのに、少し切なくて哀しい。
ねぇ…頼。何で手紙なんてよこすの?

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Novel Editor by BS CGI Rental
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