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手紙〜letter〜 作者:夏麻

第5回   4.あのナツミカンは健在ですか?


 キラキラキラキラ…。
      あなたの髪が夕陽に透ける。

 頼と出会ったのは一年前。
 新しいクラスにはあんまり馴染めなくて、一人でいることが多くなった。そんなあたしに、初めて話し掛けたのが、彼だった。
 顔に似合わず、よく笑いよく喋る人気者だった。
だから…彼に何があっても分らなかった。
その明るさは…辛いのを隠す武器だったんだよね?…今なら分る。
「何、あんた一人なの?」
 素っ気なく、ハジメから“あんた”あたし、かなり怯えてた。
だって普通に頼の姿を見たら誰でも驚くだろう。
オレンジ色な髪の毛を思いっきりツンツンにして、目の色だって髪と同じ。
「それ、何色?」
「…夏蜜柑色。」
 色を分ってくれなかったのが感に障ったのか、ムスッとしたように答えた。
「ってオレンジってこと?」
「違う、夏ミカンだよ。」
 そうはっきり言い切った頼はちょっとだけカッコ良かった。
「ラーイオン。こっち来いよ。」
 …ライオン? あたしは声の先を見た。クラス内の男子で、確か去年も同じクラスだった。
「おー。ちょっと待ってろ。」
 目の前の夏ミカンがそう答えた。
…この人ライオン?確かにライオンみたく見えないこともないけど…。
「んじゃーな。忘れんなよ、これは夏ミカンだからな。」
 トントン…と自分の頭を軽く指さした。
無造作に髪をかき上げて、にっこりと完璧な笑顔を見せた彼は、ゆっくりとあたしの脳内に侵入してくる。
胸が熱くなった気がして、ぐっと胸の辺りを掴んだ。
「名前…。」
 ん?
綺麗な夏ミカンを揺らして振り向いた。
「名前って、ライオンなの?」
 にこ。 あたしの言葉に彼は笑った。
見かけは怖いのに、よく笑う人なんだな。…あたしの彼への第一印象は数分の間に変ったのだ。
「そうとも云う。」
 自信満々に彼は頷いた。
「ライオンなんて読む人、そうはいないっしょ。」
 …確かに。どうガンバッテもライオンなんて読む人そうはいないだろう。
あたしは友達の所へ駆けていく彼を後ろから見送ると、急いで席を立った。
 出席簿を見れば…。
三年目にして、初めて顔も存在も知らない男子に会った。あんな、目立つ髪の毛なのに。
 出席簿を片手で持ち上げ、表紙を捲った。
分厚い紙のような物で囲まれた名簿表は、誰が見たってとても大切な物にも見えるのだが…こんな所に放置。
それでいいのかな、プライベートというものがこの世界からどんどん無くなっていく気がした。
 ライオン…ライオンっと。
一通り目でクラスの名前を追った。
  小日向 頼音
 その名前を見つけるのにそう苦労はしなかった。目に飛び込んできた瞬間、これだと確信した。
夏ミカンは予想通り、小日向頼音だった。
「また、あんた一人なの?」
 休み時間、気紛れにあたしの目の前に姿を見せる小日向は、どうやらあたしが一人でいるのが気にかかる様子だ。
「自分から話し掛けてみなよ。」
 それだけ云うと、小日向はさっさと友達の所へと飛んでいく。
「…勝手なことばっか。」
 知らないはずだった、彼は転校生だったのだから。
去年の年明けに着たばっかりの。
 小日向はたまにあたしと目が合うと、にっこりと笑い女子の固まりを指さした。
 あたしはそのたび、首を横に振る。 ああいう女子は嫌いなの。 口を膨らませて窓の外へと目をやった。
 髪の毛を次第に焦げ茶へと変えていく。
少しだけ染めたら、内心に響かなきゃいいけど…親が静かにぼやいたのを今でも覚えている。
 本当は彼みたいな夏ミカン色にしたかった。

 あたしが初めて友達になった女子は七月の初めからの間柄。 本当に付き合いは些細な出来事。席替えで前後になって、給食を食べ終えた後。
 島田 憂は深刻な顔でじっと机と睨めっこをしていた。 話し掛けるか悩んだ末、思い切って声をかけることをあたしは選択した。
「どうしたの?」
 彼女は少し溜め息ついて、一瞬あたしは話し掛けた事を後悔した…と、次の瞬間。
「どうしよう。デートに誘われたの…。」
 今にも泣きそうな顔をして、憂はあたしに云った。
その姿が可愛くて、あたしはこのこと仲良くなれる気がした。 案の定、あたしと憂は異様に仲良くなった。
何て云うか、今までに話したこともない相手だったのに…って思うと、何か可笑しい。
 今日まで一度も彼女と話さなかったのが、不思議でならない程、あたし達はお互いに打ち解けた。

 付き合うっていっても、何をすれば良いのか分らなかった。
 憂には「人のことばっかり考えちゃ駄目だからね。」と何度も云われた。
 12月、勇気を神様からもらってクリスマス。
あたしはあの夏ミカンに告げた。自分が、彼のことを堂思ってるのか。
 返事を、何てもらったのかビックリしすぎて覚えてない。次の日、結果を待ち望んでた勇に問われて頼が告げた一言を思い出し、呟いた。
「イエス…だった。」
 あまりにも実感のわかない台詞は、あたしの不安を表わしていたんだと思う。
自信を持って「当たり前にオッケイだったよ。」って云えない辺り、自分に自信が無かったのだろう。
受験だって、恋人達にとっては辛いものだろうが、あたしも頼も関係なかった。
「自分の生きたい道を選ぶこと。」そして「お互い何処へ行くか卒業まで教えないこと。」二人でした、約束。
 それに関してあたしは文句一つもなかった。逆に同意見だったのを覚えてる。だけど…。
 3月20日…卒業式。
あたしはたった8ヶ月しか一緒にいられなかった一人の親友と別れた。
あたしは都立で、憂は私立。
「たった八ヶ月しか一緒にいなかったのに、十年も一緒にいた気がする。」あたしも憂も、同じ事をきっと思った。…でも、お互い口には敢て出さなかった。
 これが大親友との、別れ。
でも、あたしはもう一つ別れが存在するなんて予想もしてなかった。
「雪薇、ごめんね。」
 唐突に笑顔を汚して頼は云った。
「え?」
 何のことか、当然の如く分らないあたし。
「雪薇。」
 静かに、あたしの名前が響き渡る。
「自分のこと、優先して。」
 その瞬間、さっきまで分らなかったこと全て、分った。
誰に分らなかろうが、あたしには分った。
彼は…頼はあたしに別れを告げようとしている。
      あなたも。
 その言葉はどうしても、唇が震えて伝えられなかった。伝えきれなかった言葉の代わりに涙が…涙が零れ落ちた。泣きたくなんかないのに、止まらない涙が、これ以上のない哀しい別れを告げていた。
「どんなに涙を流しても、君の涙を拭う手を俺はもう持ってない。」
 頼は、静かにあたしに告げた。
「うまく…いってたと思わない?」
「最高にね。」
「じゃあ、何…「それは、今云えないんだ。」
 それに…
頼はあたしの言葉を遮って云うと、再び口を開く。
「どんなに言い訳を続けたところで…。」
 真実は変えられない。
来駕あたしに何を伝えたかったのか、充分すぎる程分ったから。逆にあたしは泣きたくなる程辛かった。
 多分、理由があると思ったけど、それをあたしに云わないって事はそれ程なんだ。頼の覚悟は。
 そう、自分に言い聞かせるしか自分を保つ余裕が無かったのだ。
あたしは彼の、頼の笑顔に惚れた。バカな理由かも知れないけど本当にそうなんだ。
 だけど、彼の笑顔はいつも完璧な程に整っていて、あたしは一度も崩れた笑顔を見たことが無かった。
 一度くらい見たかった、頼のそんな笑顔。
今の頼からは、完璧な笑顔の一欠片も零れてこなかった。あたしの所為で笑っていないのなら、あたしはすぐに身を引くから…。
 お願い 今すぐにでもあの笑顔を見せて
 お願い あの時のように笑って欲しい
「…笑って?頼。」
 あたしは、震える声を必死に抑えて告げる。
    「夏蜜柑だからな。」
 あたしが好きになったのは、そう言って自分の頭を軽く指さしあの、完璧笑みを零した頼。

 いまでも、あのナツミカンは健在ですか?

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Novel Editor by BS CGI Rental
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