空耳かと思った。 でも、確かに聞こえた。
辺りはもう真っ暗で、“気をつけて帰れよ”という大槻の言葉を理解する。 大槻の家からの帰りはいつもこんな時間になるものの、大抵は自転車と共に行くため、歩きでのこの怖さは尋常でない事を知る。 今頃可愛いさーちゃんと二人きりか、と考えるだけで羨ましくなる。 自分の家まで帰る最中、自分が何を考えていたか分かんない。 …というよりも忘れた。次の瞬間の襲撃があまりにも…あまりにも大きすぎて。 暗闇でも光る頭をした少年は、ゆっくりとあたしに微笑みかけた。 「…え?」 こんなフェロモンがまったくでていないあたしが、通り魔や痴漢に遭うと言うことほど、信じられなかった。 きっと偽物だ。自分が映し出した幻だ。うん、そうだ。 自分で自分に言い聞かせ、あたしは目を瞑って2〜3秒数えまた、眼を開く。 変らず、少年はそこにいた。 あたしの…忘れたくても忘れられない程、大好きな人が。 「…ら…い?」 半信半疑で問い掛けると、少年はニコリ、と笑い携帯を取りだした。 メール画面を見せると『そうだよ。』と打ち込んだ。 「なんでいる…」 あたしの質問なんておかまいなしに、頼はあたしを抱きしめた。 「待っっ…」 『待たない』 あたしに、メール画面を見せながらあたしを抱きしめる腕に力が入る。 「何で…いるの?」 『会いたくて、来た。 …雪薇、俺はキミが…』 メールの文字が、そこで止まった。 続きを打つ気配は一向に、全くない。 「ら…?」 「好き…だ。」 小さな、小さな。 それは人混みや雑音の中じゃ決して聞こえない程、小さい声。 前のちょっと高い声なんて面影は綺麗さっぱりなく、嗄れた声だった。 頼の顔に手を伸ばし、体を離し瞳を合わせた。 美しく整った美少年の瞳には…数え切れない程の涙が溜まっていた。 「…頼。頼、頼。」 何度も呼ぶ。でも、あの時の違うのは頼を忘れるために名前を呼んでるわけじゃないって…事。 「〜嫌いって言って…って、言ったのに。」 フルフル… あたしの言葉に首を否定の方向に振ると“ムリ”と口を動かして笑って見せた。 「あたしも好き…なんだよね。」 そう呟き、軽くキスをする。 急に恥ずかしくなって俯くと、頼が再び携帯を弄り、あたしに見せる。 『嬉しくて、死にそうだ。』 頼の頬が真っ赤に染まるのが、この暗闇の中でも分かる…なんて鮮やかな少年なのだろうか。 …あたしも。 その言葉は告げずに、心の中で呟いた。 同じ気持ちなんだから告げる必要はないし、きっと…頼は分かっている。 二人一緒に、堅く堅く抱き合って…もう離れないとお互い小さな声を漏らし泣いた。
静かに、あたしの物語が閉じたのが分かった。 これから先も多分嬉しいばっかりじゃなくて、辛苦に泣いて、泣きはらす日々もきっとある。 だけど、どんなに高い壁にぶつかっても、あたしは絶対に負けない事を誓う。 いつかこの物語を彼と一緒に何度も何度も読み返す。 そして、二人で笑いあうんだ。…『こんな事も合ったね』と。 でも、あたし達は知ってる。 今の幸せは、あの時の不幸せがあったおかげなのだ…と。
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