耳の中が痛くなる。 あなたの声が麻薬のように廻っていく。
搭乗手続きの時間がどんどん近づいてきても、何故か頼は来てくれると信じていた。 あたしの手を取って、走って、空港を出て、あの悪戯っ子のような笑顔を見せる。 “好き”と書かれた紙を見せ、あたしの心を幸せな気持ちに変えてくれる… そう信じてたあたし、流石に少女マンガの見過ぎだと思うものの、やはりそう思わずには居られなかった。 引き留められれば、あたしは頼に流されるだろう、でもそれでいいと思ってた。 でも結局、頼が来なかったのは言うまでもない。 登場開始を何事もなく済ませ、多少困った事と言えばそれ程英語が得意というわけでもない所。 それ以外は、何もなかった。 指定された席に腰を降ろし、何事もないかのように辺りの客と共に今、観光を終えましたみたいな顔してすましてみる。 来る時よりも大きく揺れた事が怖かったが、それ以外はフツーだった。 きっとこんな感じで、そのうち頼がいなくてもそれがフツーの生活になっていくのかと思うと、やっぱり哀しくなった。 「…頼…。」 小さな声で何度も彼の名前を呼びつづけた。 決して忘れられない彼との想い出を胸の奧の奧の方にしまって、ギチギチに鎖で巻いて鍵をかけてみる。 頼とのハッピーエンドという終わり方じゃなかった、ケド。 ようやくあたしの物語もフィナーレを迎える事が出来たみたい…心の中で呟いて、ゆっくりを瞳を瞑る。 飛行機の心地良い揺れと、此処2、3日まともに眠っていなかったという事も助け、いつのまにか眠ってしまった。 日本について、不覚にも最初に訪れたのは大槻の家だった。 「…お帰り。」 勉強中だったのか、普段はかける事のない眼鏡姿で玄関先に出た。 「〜ただいま。」 しっかりと顔を合わせるのが怖くて、それだけ呟いた。 「入りなよ、おーみちゃん。…お疲れさま。」 大槻が横に避け、あたしを中に招き入れる。前にも案内されたリビングに、若草色のソファー。 「大槻は、頼のこと何処まで知ってるの?」 「…何処までって?」 ビックリしたように瞳を丸めた。 「だって最初、あたしが手紙取りに来た時“頼の話聞いた?”って。それとて知ってたみたいだった。アメリカにいるの。」 「〜はぁ。」 一つ、溜め息をついた大槻はドサリ、と若草のソファーに腰を沈めた。 「病気の治療中で、声が出なくなる可能性が8割だってこと。それと、その治療がアメリカでしかやってないって事。後…。」 後?あたしが知ってるのはその2つだけなのに。 他に、あたしの知らない頼の何かを大槻が知ってるのかと思うと、ちょっと悔しくなった。 「後、なに?」 「これは…秘密にしなくても良いなかな。」 「いいから、言って。」 じれったい大槻に、強く言った。 自分が思ってたよりも、かなり大きい声が出ていたという事は気づいていなかった。 「あいつ、泣いてたんだ。」 …え? 「日本を発つ前日、泣いてた。すっげぇ不安だって…声までじゃなく、雪薇まで失くす俺に生きている価値なんてあるのか。…って。ずっと泣いてた。」 〜嘘。 「あたしの前じゃ一度もよりは泣かないよ。」 「忘れたのか?ライオンはそういう奴だよ。好きな奴には何故かしなくてもいいカッコまでつけて、自分の弱い部分はさらけ出さない。」 「そう…だった。」 すっかり忘れてた。 どれだけ自分の事ばっかしか考えてこなかったか、ようやく分かった。 頼が、不安じゃないわけ無いじゃない、何であたしそんな事に気が付かなかったんだろう。 頼といるといつも忘れちゃう。 だっていつも笑顔であたしの不安を全て消してくれる彼だから、何も怖いものなどないなんて…そんな事絶対あるはずがないのに。 なんで、今頃気づかなかったんだろう。もっと早く、もっと早く気が付いていれば… なんて、もう何を言っても仕方ない場面で何度も自分の過ちを後悔する。 「あいつは…ライオンは何よりもおーみちゃんに嫌われるのが恐いらしいよ。 『日本にいないって知ったおーみちゃんはきっとお前を嫌いになっちゃうよ。』って冗談で言ったら何て言ったと思う?あいつ。」 「俺を嫌いになりたいならなればいい、でも俺も嫌いになるから…?」 頼はいつでも強気だから、もしかしたら俺を嫌いになれるはずがない…とか? 「残念、それは意味のないカッコをつけてる時のライオンだ。」 …じゃあ、何?あたしは頼の本当の姿を見せてもらってなかったって…事? 「“雪薇にそんな事言われたら、俺死ぬわ”大まじめな顔して、一言。 俺、初めて男をカッコイイなんて思ったよ。」 笑いながら大槻がそう告げた。 “死ぬわ”…頼がそこまで自分の事を好きでいてくれたなんて知らず、単純に嬉しかった。 ピルルルルルル… 突然、聞き慣れない電子音。こんなパターン1やら2の着信決してあたしじゃない…と言う事は勿論。 「あ、悪い俺だ。」 すくっと立ち上がり、充電フォルダーに差しっぱなしの携帯を右手で操る。 「電話?」 「否、メール…あ。」 メール内容を確認したのか、短い声をあげた。 その声は驚きの言葉のようにも聞こえた。 「ごめん、今日これからちょっと人くんだ。もう遅くなるし今日は帰ってもらって良いかな。」 時計をチラッと横目で見ると、もう九時を回っていた。 「あ、ほんとだ。 ゴメンね長居しちゃって…。」 慌てて、身支度を調えて立ち上がる。「友達でも来るの?」 「いや、彼女。」 さり気なく言った大槻の言葉には流石に驚く。 「いたの!?」 「いるさ、つーかお前も知ってるだろ、彼女いたことくらい覚えてろよ。」 昔からいるみたいな言い方に、記憶の糸を一本一本辿った。 「さーちゃん。」 「そ、さーちゃん。」 “さーちゃん”こと牧瀬沙耶は中学の時同じクラスで、中学三年、あたしが頼と付き合い始めて少しして、大槻と付き合い始めた。 「まだ、付き合ってたの?」 驚きの言葉が嫌味っぽくしか出なかった。 「まだ…って、お前等と一緒だろ?」 …返す言葉が見つからなくなり、黙るしかできなくなる。 「ライオンの事全部吹っ切れたら、沙耶にも連絡してやって。」 笑った大槻が“彼氏”の顔をしていた。 「あいつ、せっちゃんに会いたいってうるさいのなんの。」 「〜うん。」 一言そう返し、大槻の家を後にする。 あたしと頼が付き合ったのが中学三年の秋…くらいで、それからもう2年という時が経ち、誰もが昔のあたし達からじゃ想像できない程変った。 それなのに、何も変らず二年もの間大槻とさーちゃんは好き合っていたのだと思うと、切なくなり、羨ましくもなる。 昔の…もう嗄れてしまった彼の声を何度思い出しても胸がきゅうっって痛くなる。 でもそれが恋ってものかも知れない、そう開き直ってみたりするのもいいかもしれない。
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