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手紙〜letter〜 作者:夏麻

第14回   13.返事

 好きだと軽く言えてた昔が
   今からすればどれほど幸せだろう。

 翌日、俺の病室に姿を見せた君は、昨日よりも瞳が赤く染まっていた。
昨日も、何かを思い泣き続けたのだろうか。
そして、その理由をつくっているのは自分なのだろうか。
そう考えれば考える程、胸がキツクしまり呼吸をするのさえ難しくなる。
 声が出なくなる可能性が、どう計算しても約8割だと知らされたのは、雪薇と別れる一週間前だった。
 ずっと悩み続けた、この声があるうちに君に全てを話すのが賢明か。
それとも、何も言わずに静かに立ち去ろうか。…と。
最後にはその選択のどちらも取った…という結果になってしまったが…。
自分の中ではこれで良かったんだ、と納得している結果だ。
充分だ。 しかも君に会えた。
 これで終わりだとしても君に会えた。それだけが嬉しい。
“雪薇”
 心の中で、声をかけた。
その声が絶対に聞こえるわけでもないのに目の前に座っている雪薇が、フと顔を上げた。
もう二度と来てくれないと思っていた彼女は、次の日僕の前に再び姿を現した。
「大槻からの、伝言。『いつでも良いから、俺の所にも連絡寄こせ、会いに来い』だって。」
 精一杯、笑顔を創ろうと努めている君が愛しく…泣けてくる。
その涙に気づかれたくなくて、俺は両手で顔をかくし、机に置いてある紙に鉛筆を持ち、走り書く。
“そう、有難う。”
 久しぶりに ごめん 以外の言葉を誰かに伝えた。
雪薇も軽く笑い、その紙を手に取った。そして、愛しそうに俺の書いた文字を指でなぞり、また机に置いた。
「それだけ…あたし今日、日本に帰るから。」
 淋しげに瞳を伏せ、呟いて見せた雪薇はギュッと持っていたカバンを強く握った。
日本に帰る…そんな気はしていた。
 俺と君には今、何の障害もなく、手を伸ばせば互いの体温を触れる事さえ出来る。
…でも、それをしないという事が、俺達の間にはもう何もない…という証拠のようなもの…そんな気がして余計辛くなる。
“来てくれて 有難う”
 再び、紙に綴る俺の文字を、先程と同じく愛しそうに見る。
…頼むから、そんな眼を俺に見せないでくれ。
心の中でそう叫ぶように言った。そんな眼をされると、むちゃくちゃに抱きしめて、君を離したくなくなってしまう。
「〜もう行くね。」
 彼女の声が少し震えてた気がした…のは、俺の気のせいだったのだろうか。
俺は、ゆっくり頷き、出来るだけ君と最高の別れを演じるためにがんばって笑顔を見せてみる。
 ガタッ…
椅子から立ち上がり、静かに気配を消していく…と
「頼!!」
 急に振り返り、目の前に真っ白な封筒を一通突きだした。
てっきり彼女が破り忘れた俺からの手紙かと思い、俺は手を伸ばさずに彼女を見た。
「後で出良いから…読んでね。」
 一筋の涙と共に美しい笑顔を見せて、机に手紙を置くと雪薇は病室を出た。
引き留めるようにも声は出ず、伸ばした手も寸前の所で惜しくも届かず空を掴む。
俺は置かれた手紙に眼を落とし、静かに開いた。
『今でも弱すぎるあたしからあなたへ送る最初で最後の手紙です。』
 彼女の、丸っこくて小さな字が、彼女の書いた手紙だという事実に驚き、急いで続きを目で追った。
『小日向頼音様、あたしは相変わらずあなたがスキです。
 でも、逃げるあたしを許してください。
 別に頼の声が好きになったわけじゃない、でも声が聞けないのは恋人として淋しすぎるのです。
 あたしも、一目惚れでした。…あの笑顔に。
 全然クールじゃなく、廻りと波長が合わず、自分の殻に閉じこもってたあたしを救い出した頼の笑顔に惹かれたのです。
 声の出る確率はありますか? これから声が出せる自信はありますか?
 あるとしたら何パーセントですか? 少しも声は出せないのですか?
 こんな…こんな逃げるあたしをもう嫌いになりましたか?
 もし、もう一度だけ声が出せるとしたらお願いだから、あたしに嫌いって言ってくれますか?
 はっきりあたしをふって、諦めさせてくれますか?
 …ごめんね頼。あたしはあなたを困らせる事しかしてこなかった。
 この手紙を頼が読み終わる頃には、日本を発つためきっと空港についているかな。
 ばいばい、頼。 大好きだよ。
           桜近江雪薇。』
 口を開いても、溢れ出るのは言葉じゃなくて涙だけ。
あれ程囁いた“好き”の文字も、今はもう零れる事はなく、あんなに簡単に口走った“好き”の言葉が懐かしくなる。
 軽く息を吐き出し、ベットから飛び起きた。
声の出る確率はあります。明らかに奇跡じゃないとムリだろ、と言う程低い…そんなパーセントだけど、俺は声を出す自信はあります。
 君に言ったゴメンの言葉。あの時も喋れたんだ。絶対に出ると信じている。
君から逃げた俺を好きでいてくれた君を、何故逃げたからって嫌いにならなきゃいけない?
君と過ごしたあの日々が、どれだけ幸せだったのか…今となっては分からない。
でも、俺はこれからも君と過ごしたいと願うし、やはり君がいればいつでも幸せだと思う。
 今、この背中に羽根が生えたとしたら、君の所まで飛んでいけるのに。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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