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手紙〜letter〜 作者:夏麻

第12回   11.あなたの胸に飛び込みたくて。

 走って、抱きしめて、笑い合える、そんな日々。
   …とても懐かしく思う。

 チケットを握りしめて、何も考えずに小さなカバン一つで飛行機に飛び乗っていた。
当たり前のようにまた、頼と笑い合う日々が続くのだと、信じ切っていたあの瞬間が一番幸せだったのかもしれない。
 同封されていた地図にそい歩き、次第に近づいてくるのは、大きな家でも小さなアパートでもない、ただただバカでかい、真っ白な建物。
「…頼?」
 少し、頼を疑った。
こんな所にいるわけがない、と。 彼は道を間違えただけなのだ、と。
疑ったわけじゃない、信じられないわけじゃない…。信じたくなかったんだ。
あの頼がこんな所に用事があるわけが無い…こんな、わざわざアメリカの病院に行かなきゃいけない理由なんて、あるわけが…無い。
 地図に走り書きされた【607】の数字、もしこの地図があっているとしたら、これは頼が入院している号室だろう。
 意を決して、病室を尋ねる。…“頼がいるわけない”というほんの僅かな気持ちを捨てずに。
「〜頼?」
 静かにドアを開き、顔だけ中に覗き込んだ。
中は意外と広く、白いベットの横には一人、少年の姿。
長針で、耳には何個も開けられた穴。そして…夏蜜柑の頭。
「頼、眉間に皺よってるよ?」
 あたしが、微かに笑って指さした。
「〜ごめん。」
 一言、頼の零した謝罪の言葉に、一気に抑えていた気持ちが弾けた。
「会いたかった、会いたかったよ。」
 頼に、思いっきり抱きつく。
     “愛してるよ”
 微かに、頼がそう告げたのかと思い顔を上げた。
急に唇が温かくなり、頼の唇が降ってきた。何度も、何度も。
そして、離れたと思うと、真っ白い封筒があたしの視界を覆った。
「…ん?」
 首を傾げ、頼の瞳を見る。
夏蜜柑の髪を軽く揺らして“読んで”とでも言うかのように封筒を更に突きだした。
あたしはそれを不思議ながらに受け取ると、封筒から一枚の手紙を引き出すと、ゆっくりと広げてみる。
『弱すぎた俺から君に送る本当に最後の手紙です。
 最初に君を目の前にして言える言葉は“ゴメン”しかないよね。
 俺が日本を発った理由、此処にいるって事は大体分かってるかな?』
 その手紙を読んでくうちに、自分の眉間にも皺が寄っていくのが分かった。
今の顔、さっきの頼と同じだろう…と一人で思った。
『君に言わなきゃいけなかったことなんだろうけど、ごめん。言えなくて。
 俺の声は、もうでないんだ。
 なんだか難しくって分からない病気にかかった結果、俺の声は多分出てこなくなる…らしい。
 何回もの手術を超えて、ようやく少しは出せるかも知れないのだけど、分からない。
 もう二度と君と会話が出来ないと思うと辛くて、逃げた。
 “アメリカで手術を受ける”という名目で…日本を、君から逃げたんだ。
 今、君の目の前にいる俺は、既に喋ろうにも、中々声が出てこないだろう。
 そんな、そんなガラクタのような人間へと成り下がってしまったんだ。
 それでも君は愛してくれる? それでも君は愛してくれると言ってくれる?』
 ちょっと低いけど、男の子にしては高い声のした頼。
怠そうに喋るのが特徴で、普通にしててもやる気のないオーラが出てる…そんな彼ともう喋ることは出来ない?
 信じられない…うんうん、信じたくない。
そう思えば思う程、致死量に達するんじゃないかという程の涙が溢れ出た。
「これ…嘘だよね。」
 疑問じゃなく、嘘と決めつけて笑って頼を見た。
辛苦に顔を歪め、美しい夏蜜柑を無造作にかき上げた。その表情が真実を告げているのだと言う…何よりもの証拠で、哀しくなった。
「嘘だって…言ってよ。」
 頼の両肩を掴んで、何度も揺さぶる。
信じたくなくて、何度も何度も呟いた。
「なんで、なんで…」
 答えの返ってこない疑問を頼に投げつけ、もらった手紙を床にたたきつけた。
「こんな事なら、手紙なんて欲しくなかった。」
 そう告げ、カバンの中から今までの、沢山の手紙を取り出すと、びりびりに破いてその場へと落とした。
 白い紙がヒラヒラと舞い落ち、床へと身を納めた。
パサパサ…音が止まると同時に、自分が今どれだけのことをしたのかようやく自覚した。
あたしは彼の…頼が前からあたしの為にしていてくれた事全てをムダにしたのだ。
「ごめん…また来るね。」
 頼は大きめの瞳を更に大きく見開くと、切り裂かれた手紙をジッと見つめた。
今にも泣きそうな顔で、でも彼は決して涙を落とさなかった。
そんな、自分でやった惨状を見ても泣かない彼を見るのが辛くて…彼に背を向け、その場を離れた。
 胸が、引き裂かれる気持ちでいっぱいになる。ズタズタにナイフで切り刻まれる感覚。
こんな気持ちになるくらいなら、もう…頼に会わない方がいいのかも知れない。
もう…頼に会いたくない。否、会う…権利がない。
 頼に会えば、あたしの物語は終わると思ってた。
全てが終わり、また再びあの頃の二人に戻れると思ってた。ずっとそう信じてた。
何時までも変らないと思ってた、あたしは頼と何時までも愛し合っていけると…。
けど、結局自分から頼を捨てたのだ。
 大好きで大好きで仕方なかった彼から、今度はあたしが逃げたのだ。
…ごめんね、頼。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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