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手紙〜letter〜 作者:夏麻

第10回   9.最後の手紙

 俺を追いかけてくるなら良いよ。
   でも結果は知らないから。

「疲れた。」
 手紙を集めて2週間がたった。
2週間って分かる?半月もあたしはあちこっち廻った。集まった枚数は30枚弱…
何度もした挫折。そのたびに大槻のチャイムを鳴らした。
厭な顔一つすることのない大槻が、唯一の心の支えだった。
 今日、久しぶりに日記をつける。
久しぶり…前回書いた日記を読むと未だ元気に手紙を集め始めた頃だ。
あたしがどれだけ手紙を探すのに夢中だったが分かる。
前の日は…あぁ、観覧車のある遊園地に行った日のことだ。
 それ以来、真っ白。
数えてみると28枚あった手紙の過程は何一つ書かれていなかった。
受け取った手紙一枚一枚、あたし達二人の過ごしてきた日々が綴られていた。
どんなに好きあっていたか、初めての年明け、早生まれのあたしの誕生日、毎日の風景が綴られて届く手紙は、昔を思い出させ涙が出る。
「すみません、桜近江 雪薇ですけど、書留として手紙が代引きとなってる筈なんですけど…。」
 コンビニの店員は気持ちの良いくらいの笑顔になって「こちらです」と渡してくれる。
お金が多少かかったものの、あたしは29通目の手紙を受け取ることとなった。
『弱すぎた俺から君へ送る29つめの手紙です。
 俺はもう日本にいません。  』
 バサバサッ 持っていた荷物を驚きのあまり落としてしまった。
周りの人の目を気にしてる暇もないくらい急いで拾い上げると、近くの公園のベンチへと足を速めた。
 昼間だというのに、ベンチには何組かのカップルが場所を取っていて、今にも始めそうな勢いだった。
 そんなこと気にしてる時間もなくて、一つ空いたばかりのベンチに座った。
人が座っていた証拠の、このぬくさが気持ち悪い。
 苦笑しながらも深呼吸をして、あたしは先程の手紙を開く。
『俺はもう日本にいません。』
 何度読み返しても、言葉は変るはずが無く…頼が、日本にいない?
 一人、呟いて見せた。
あたしの言葉は宙を舞い、静かに消えていった。
『俺は、もう日本にいません。
 多分、今はアメリカだと思う。…思うって言うのは、未だ未定なんだ。
 …別れようって言った理由、未だ他に一応あるんだけどさ一番の理由はこれだよ。
女って…遠距離苦手だろ?
 近くにいるのに、遠ざかってくキミの心、引き留められないから。
だから全てを日本に、全て大切な物を日本に置いて、俺はこの場所を経ちます。
ゴメンな、ホント。
 この手紙が、俺の君の過去を綴る最後の手紙。
俺の手今の俺、もう一通だけ手紙を送らせてもらう。
次が…最後の手紙だよ。
 意味は今、何をしたい?俺に会いたいって多少は思ってくれてる?〜これがヒントかな』
 いつも書かれてた、彼の大好きな言葉が見あたらなかった。
それが信じられなくて、封筒の仲間で探したが、結局見つからなかった。
「多少…多少どころじゃないよ、バカ。」
 外だと言うことも、自分というものも忘れ、思わず大声を張り上げた。
「ら…」
 頼の名前を口にしようと、大きな口を開き辺りを見回す。
いくつものカップルの目があたしを映したのにようやく気が付き、流石に居づらくなり荷物を掴むと足早に公園を背中にした。
 足は、あたしの行きたい所を知っているかのように落ちないスピードで歩き続けた。
「頼に、…頼に会いたいに決まってるじゃない。」
 多少どころか…めちゃくちゃ会いたい。あって、抱きしめて…
ふっ…っと我に返る。 公園から徒歩15分、目の前には大きな青い屋根の家にぶつかる。
「頼…。」
 知らずと溢れる涙、うす暗い部屋の中は窓から見ても人の気配など全く感じさせない。もう一年、誰も踏み入れていない家。
 ノブを回すと、ガチャリと開く扉。
未だ表札が小日向な事から、家を売ったわけじゃないのだと、安心させる。
 一度、たった一度だけあたしを向かい入れてくれたこの家は、その頃とは何一つ構造は変ってなかった…なのに、何故だろう。
 ただここにいた人たちが居ないってだけでただそれだけであたしを受けれる雰囲気じゃなくなっていた。
 靴は脱がず、そのままリビングへと入った。 なにも…いない。
大きな家具や対照的に小さな小さな小物のみ、散らかるようにあちこちへと残っている。
「何時、日本を発ったの?」
 決して帰って来ない返事を何時までも待ち続けた。
ふぅ…溜め息を零して上へ上る階段に足をかけた。
『自分に会いたくなった?』って聞くものだからてっきり、頼の家にあると思って入ったこの家。
長い時間かけてようやく入ることを許可してもらったが、明らかに不審者でも見るかのような大家には見られた。
 〜ガチャ。
二階の一番奥の部屋、此処が頼の部屋だった場所だ。
男の子らしい部屋。
 大好きなバスケット選手のポスターが貼られ、あちこちに雑誌が散らばる。
多少は残っている部屋着やベット。 学生カバンの置かれた机に近づき、目を見開いた。
 茶色の机の上で、一つだけ真っ白なその形が嫌にはっきりと見える。
それを手に取り…開いた。
『桜近江 雪薇様』
 彼の、右上がりの癖字が、あたしの名前を綴った。
 ベットの上に、倒れるように腰をかけ、ゆっくりと手紙を広げた。
『弱すぎた俺から君に送る最後の手紙です。
 愛してます。 唯純粋に雪薇、君が好きだ。』
 ドキンッッ…
彼の文字に大きく胸が高鳴った。“愛してる”なんて直接言われたことなど一度もなかった。
『俺は今頃、君がこの手紙を見つけることには全てを終えているかもしれない。
 再び君と会う決意をしてる頃かも知れない。…でも、もう一度会ったとしたら、きっと君は俺のことを好きじゃなくなるかも知れない。
 こんな…こんな俺はキミが待っていた俺の姿じゃないから。
最後まで、手紙を集めてくれてありがと、此処で一つプレゼントをあげよう。
 同封してあるチケットで、俺が今住む所までこれる。
 俺を追いかけてきてくれるなら良いよ。でも、どんな結果になったとしても、俺は知らないよ。
 きついこと言ってるみたいだけど…ゴメン。
俺としては、もう一度君にあって、変ってしまった俺を見て、幻滅して欲しくない。…けど、君に会いたいのも本当。
 だから、決定権を君に委ねるよ。
では、元気でね。 ばいばい。』
 “ばいばい”の最後の「い」の文字が滲んでいくのが、分かった。
自分で決めきれないことを、いつもあたしに決めさせる頼の得意技も、夏蜜柑と同様健在なんだね。
 同封されていたチケットを両手でもてあそぶ。
頼の言葉見るまで、行く気だったけど、頼はあたしに会いたくないって言う気持ちもある。〜そんなこと言われたら、ほいほい行く事なんて出来ない。
 チケットに、小さい亀裂を入れた。
これを破いたら…頼に会うことは…。
 亀裂はそれ以上進むことはなくなった。あたしは最悪の人間だ。
最愛の人が望んだ“会いたくない”という台詞、知らない振りして会いに行くことを決めたのだから…。
 ゴメンね、頼。
頼がどんな結果をくだそうと、あたしは頼を追い続ける。

 あたしは、知らなかった。
  頼がどれだけこの時大変な状態だったのか、考えもしなかった。
 だからきっと…罰があたったのだろう。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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