「サエ。」 ばさっ。 太陽に呼ばれた気がして、布団から飛び跳ねるように起きあがる紗英。 夕立に打たれて数日高熱にうなされ続け、一度も海へは行けていない。もちろん、太陽の顔を見る事もない。 「太陽…?」 居ない事は分かってる。居るはずがない事も分かってる。 でも、確かに紗英の耳には太陽の、無邪気に紗英の名前を呼ぶ声が聞こえた。 「お母さん、でかけてくる。」 「ちょっ、病み上がりなんだから休んでなさい。」 バタバタと階段を駆け下り階下に降りた紗英は、通りすがる母親にそう声をかけ、サンダルをつっかけると止める母親を背に家を飛び出した。 「紗英!」 母親の少し怒った声が聞こえた気もしたが、そんな物ではもう紗英は止らなかった。 紗英が太陽に気持ちを伝え…結果的には届かなかった想い。風邪を引いて海へ行けない事情を知らない太陽はきっと、気持ちに応えられなかったから紗英が来ないのでは…。と思ってるかも知れない。 紗英は弾む息を飲み込み、今まででないくらい必死に走る。 胸の当たりがザワザワする…嫌な予感がする、と言うのはこういう事なんだろう。 紗英はぎゅっと右手で胸の当たりを掴むと、落ち着くように数回息を吐くが、息苦しさは消えない。 胸のモヤモヤも…消えない。
「太陽。」 ざざ…と、心地良い波音が響き渡る海岸。 何処までも続くような水平線。ピッタリとくっつく、海と空。 その中に揺れる…向日葵のような金髪の少年。その名の通り太陽のように輝いていて、時には眩しすぎて目を背けたくなるぐらい。 だけど、気が付けばすぐ傍にいる。 「太陽。」 もう一度、名前を呼んでみる…が、返事は同じ。ない。 いつもと同じ景色、いつもと同じ波音。その中に、その向日葵を思い出させる少年の姿は何処にも無かった。 はぁ、はぁ。 息を整え、胸をぎゅっとつかみ、砂浜に座る。 「きっと今日は遅くなってるだけ。」 自分に言い聞かせるように、少し大きめな声でそう言うと、両手で小さな砂の山を作る。 時は、刻一刻と過ぎていくのにも関わらず、太陽は姿を現す事は無かった。 「家に行って…。」 立ち上がり、服に付いた砂をパタパタとはたいた紗英がそう言いかけて、ふっと我に返る。 「…知らない。や。」 家どころか、歳、職業、家族構成、それどころか連絡先すらも知らなかった。 何の約束もなしに会っていた二人。どちらかが砂浜に来なければ、それで終わる関係。 もう会えない。 そんな言葉が何度も浮かんで、消えて。浮かんで、消えた。 「明日になれば、来るよ。」 可能性は極端に低い、来るって口にはしてみるものの、もう来ない気がした。 『直感』それは良く当たるもの。 「大丈夫、きっと大丈夫。」 何度も心の中で自分に言い聞かせる。 太陽が今度は風邪を引いたのだ、と。それ以外にも根拠のない理由ばかりをつけ、太陽がたまたま今日だけ来られなかったのだ、と。位置づける。 「うん、明日。明日は……………。」
太陽は結局、二度と紗英の前に姿を現す事は無かった。 石垣に貝で削られた文字『ごめんね。』だけを残して。
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