「ふぅ。」 一つ溜め息を空に吐き出した。 溜め息をつくと不幸になるって迷信あるけど、溜め息を飲み込む方が辛いときだってある。 ポケットから携帯電話を取りだし、受信ボックスを開く。 「…えっと。」 十字キーを下に動かし、先生から紗英へ送られてきたメールを探す背後で太陽が興味深そうに覗き込む。 「へぇ、ケータイかぁ。」 うゎっ。 小さい声で叫び声みたいな物を上げ、画面を隠すように伏せる。 覗き込んで来たのが太陽だと分かると安心したかのようにふっ…と肩の力を抜いた。 人通りも少ない、決して有名ではないこの砂浜において、太陽以外の人間と会う事なんて滅多にないにも関わらず、知り合いと確認するまでは安心できないようだ。 「メール?」 くるん、と子犬のように目を忙しなく動かして尋ねてくる太陽に、あまり乗り気でない返事を返す紗英。 「担任の先生から…のね。」 今朝、目覚まし代わりに担任の教師からメールが入った。ダラダラと長い箇条書きの文章が続いたかと思えば、最後は投げ捨てるかのような台詞と共に終わっていた。 「ふぅん。」 まるで興味のなさそうな太陽の言葉。 太陽は紗英から語る事以外、多くは聞かなかった。今回も、紗英が話したくない様子だったのを察したらしく、太陽は聞かなかったんだろう。 教師からのメールは高校三年生の今の時期にとても関わる事…進路についての事だった。 今の紗英の成績で行ける大学、短大がずらりと並べられ最後に1行『早く決めて連絡ください。』溜め息以外の何物も出ない。 そんな憂鬱な気持ちも、太陽といればきっと消えるだろう…そう思って訪れた砂浜。 今までは一人になりたくて来ていた砂浜が、今では何故か楽しみにしてる。 紗英はふふっと小さく微笑みを零した。 「んー?」 ネコのようなふわふわの髪を風になびかせ、太陽は紗英の微笑みの理由を問うが紗英は首を左右に振った。 「なんでもなーい。」 ありがとう。なんて恥ずかしくて言う事が出来なかった。でも、言えるときに言っておけば良かったと後悔する日が来るなんて、紗英はまだ知らずに過ごしていた。 「ねぇ。」 太陽も傾き、青い空が一気に夕方を告げる頃。紗英が小さな声で太陽に問い掛けた。 「んー?」 太陽の返事はいつも同じ。空返事のような…ちゃんと聞いてるような。 「あたしさ……。」 親にも、兄弟にも言った事のない事。先生にも勿論言えていない事。何故だか太陽に聞いてもらいたいと思った。 自信がなく、いまいち胸を張って言えなかったこれから先の未来の事。 ポツリ、ポツリと紗英は話し始めた。 大学も短大も行きたくないんだ。…と。 本当は専門学校に行きたいんだ。…と。 もう行きたい学校も決めてある。…と。 でも、自信がなくて言えない。…と。 「あたしは、出来るのかな、太陽。」 んー。 少し考えるように太陽は間を開けたが、すぐに紗英の髪の毛をくしゃくしゃっとなで回し笑顔で答えた。 「今のサエじゃダメやな。」 「…え?」 想像と違った言葉にビックリしたように紫がかった瞳に太陽を映した。 「でも、きっと専門学校に入った時のサエならやっていけると思うんよ。」 変わらない笑顔で、包まれるような言葉を告げる太陽。 少し首を傾げる紗英。 「今は自信がなくて、どうしよう。ってサエやけど、その自信をつけるためにさ、これから専門学校入るまでの間がんばるとするやん。そうすると…。」 一瞬間を開け、ニコリと更に笑顔を見せた。 「自信がついた、とても強いサエが学校に通えるようになる。」 「あっ…。」 言ってる意味が分かった気がした。 「自信って厄介な物だよ。何をするにも誰しも自信なんてなんもない。でも、やりたい事をやりたい。そのためにがんばって練習したりする。…やり始めた時はなかった自信も、やり終えるときにはついてたりするもんなんよ。」 だから… 「今はその学校行って大丈夫かなって言う不安も、やれるって言う自信もなんもないかもしれんけど…後半年、その学校に通うまでの間にやる事やれば…未来、学校に通ってるのは自信がついたサエ。んでもって、更に先の事について自信をつけようとするサエ。」 紗英の瞳が潤み始めたのが分かった。 そんな事言ってくれる人はいままで誰もいなかったと言っても過言ではない。忘れかけていた、ないものはつければいい。つけて、また失いかけたら…また努力すればいい。 「…専門、行くね。」 きっとやれてる自分の未来を信じて。 紗英はそうつけたした。太陽は再び眩しい笑顔を見せるとポケットから駄菓子をとりだし、紗英の口の中に放り投げた。 「その言葉は、サエ自身が言わなきゃいけん言葉だから。俺が言ったら、俺に言わされてるサエ…になっちゃうやん。」 ポリ…煙草型に作られたココア味のシガレットを噛み砕く。 「忘れないで、決定権は何事にも自分にあるんやから。サエ、俺はサエが決めた事を応援するしか出来ないんよ。」 でも、応援してくれる人がいるって事…心強い。何でも出来るような気がする、支えてくれるって人がいるだけで。ある意味、万能の生き物。 「太陽。」 小さい声でぼそぼそと話してた今、突然紗英は大きな声を出した。 大きな太陽に向かって、広い海に向かって、包むような大空に向かって叫ぶように。 「あたし、お菓子の専門学校に通う事にした。」
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