「何さ、お姉ちゃんには買う癖に…なんであたしには買ってくれないのさ。」 17歳夏。もうすぐ18歳になろうという、高校三年生の夏休み。 いつものように親と、姉妹とケンカし、飛び出すように家を出てきた辿り着く先も、いつものように徒歩十分弱の海岸。 つっかけサンダルを歩きながらだらしなく脱ぎ捨て、熱々の砂浜へと素足を沈めるその最初の一歩がたまらなく好き。 「あたしの事なんて、どうせどうだっていいんだよ。ひいきする癖にひいきしてないとかさっ。」 家で訴えても、敢えなく却下される意見。ヤマ程、積み重なるくらい言いたい事はある中で言える事はほんの少し。それも全て否定の意見で強制終了される理不尽さ。 家には味方は誰もなく、友達にグチって不快な思いをさせるのもなんだし…。 結局紗英は一人、誰もいない砂浜を歩き回りながら愚痴る事へと辿り着く。 「なぁ。」 !? それまで一人だったはずの影は、いつの間にか後方にもう一つ出来ていた。 「だっ…れ?」 声をかけられた事より、いつの間にか誰かいたことの方に驚きを感じながらも、紗英は突然話し掛けてきた少年に向かって問う。 「俺?日暮太陽って言うんだ。たいようって書いて、たいひ。かっけぇだろ?」 真夏の昼に風が吹いた気がした。 かっけぇだろ? そう言って笑った太陽はとてもキラキラしていて、自分の名前があまり好きでなかった紗英にとっては眩しすぎる存在でもあった。 「なんで嫌いなの?紗英ってめっちゃ可愛い名前やん。」 少し変な訛りが出るのが太陽の喋る特徴らしく、だけどそれが逆に可愛くも思える。 「さえって名前は好きだよ。でも、『英』が嫌い。もっと可愛い感じが良かったのに。」 紗英の不満、愚痴、納得出来ない事全て太陽は嫌な顔一つする事なく聞いた。 「でも、『紗』が可愛いから、『英』で引き締まってる感じがして俺はそっちの方がええ思うけど?」 「…そぉ?」 時には意見してくれ、時には不満に同乗してくれ、時には厳しく叱ってくれた事もある。 「うん。名前は、大切にしろよ。」 水面に反射した光のような髪の毛の色をした太陽。眩しくて、キラキラして…紗英にとって唯の『友人』なんかで終わる関係ぢゃなかった。 いつもはバカみたいに大口開けて豪快に笑う太陽。その時は何故か、淋しそうに…何か影のある笑顔をみせた理由、その時の紗英には分からなかった。 「…うん。」 もっともな事を家族に言われても、多分反発しか出来なかっただろう。 友達に言われても、受け流すぐらいにしか出来なかっただろう。 何でだろう。 何で太陽に言われると、納得するんだろう。 「ほら、元気だせって。ちょっと待ってろ。」 沈んだ紗英を元気づけようとしたのか、太陽は満面の笑顔をみせると、待ってるよう伝え急に紗英の隣から走り出した。 「ちょっ…太陽?」 紗英の言葉はもう太陽には届いてないらしく、すでに波打ち際まで辿り着いた太陽はバシャバシャとスニーカーのまま、海へと入って行った。 太陽と出会って数時間。分かった事が幾つかあった。 日暮太陽という名前だという事。 何よりも名前を大切にしているという事。 そして、服だろうがジーンズだろうがスニーカーだろうが気にせずそのまま海に入るという事。 「サーエ。」 えっ? 突然太陽の紗英を呼ぶ声。ふっと我に返った紗英が声のする方を見た瞬間、既に紗英の手元には何かが飛び込んできた後だった。 「なに。なになに?」 まさか波打ち際にいる太陽が投げ込んだとは思わない、何か生き物が掌の中に飛び込んで来たのかと思い、焦る…が。 「うゎぁ…。」 太陽の光に、キラリと光る。 「ガラス?」 「っそ。ガラスなんやけど、海の中長い時間欠けて角を削られ丸くなって…心なしか海の色がすると思わん?」 意外と、ロマンティスト。 「…うん。綺麗。」 海色…と称した深い碧色のしたまん丸のガラス玉。暗闇に持って行ったとしても、それだけで光りそうな程輝いて見えた。 「いつか、長い長い年月をかけて、角が取れたそのガラス玉のように。」 「…え?」 ガラス玉に魅せられてた紗英が、太陽の方を向いた。 逆光で顔が良く見えない…でも今までの明るい表情でなかった事は確かだ。 「いつか角がなくなった状態で、親が何をしようとしたのか、何が言いたかったのか…丸くなった目で見れると良いな。」 サエも…俺も。 そう後に付け足した気もしたし、その言葉は後から塗り替えられた記憶なのかも知れないけど…紗英に言うだけでもなく、太陽自身、自分に言い聞かせるような言葉にも聞こえた。
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