4 発火
「お前に決闘を申し込む。時間は明日、黄昏時。場所はこの街の闘技場。負けた方は勝った方の言うことを聞く。いいな?」
そんな条件を残してロードが立ち去って翌日、もとい、その日の正午過ぎ。
「まさか、お前がロードの妹だったとはな……」 「まさか師匠と兄さんがあんなに仲が悪かったなんて……」 メビウスがとても遅い朝食を準備している間、リビングで二人同時に溜息をつく。
「兄さん、勝ったらきっと師匠の弟子を辞めろって言いますよ……」 「それはそれで願ったり叶ったりだ」 「し、師匠!?」 実はこんなこと心にも思ってないのだが、師としての面子、こういうことを言うと付け上がるレアナの性格を考えての発言。
「と、口では言ってますが、育てる楽しさを知ったマスターは、楽しみを取られたくないと思っているのでした」 しかし、そうメビウスに言われては面子もあったものではない。 「っ……! メビウス、お前はまた……!」 「食事の準備が出来ました。速やかに済ませください」 テーブルの上に食事を置くと、メビウスは洗い物があるといって台所へと去ってしまう。
「ししょ〜……わたし、一生付いていきます〜!」 嬉しさのあまりレアナは感涙し、ヴェインに抱きつく。 「アホがっ、離れやがれ、鬱陶しい! つか鼻水付けんじゃねぇ!」
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遅い朝食兼昼食の食べてる間、ヴェインは照れ臭さからか、ひたすら押し黙っていた。 レアナはレアナで普段見られないヴェインを見れたことと、ヴェインが評価していてくれたことを知り、終始ご満悦といった感じだ。
「とにかく、俺はあのアホに負けるつもりはねぇ。あいつとは修行時代から張り合ってんだ。ここらでどっちが上かはっきりさせてやる。妹のお前にゃ悪いが、これは俺とあのアホの戦いだからな」 食後のコーヒーを啜り、ヴェインは静かに言う。
「はい。でも心配しないでください。どちらかというと師匠が勝った方が嬉しいかもです」 そういうところを見ると、レアナはすっかりヴェインの弟子だった。 「それより、兄さんと師匠は古くからの知り合いだったんですね」 「ああ。俺はとある人のところで修行していた。俺とロード、あとスペクトラにいるナナは知ってるな?」 レアナは相槌を打って話を促す。
「あとお前が知らない奴が二人がいて、俺を含めて五人。あの頃からナナは俺をからかうし、ロードは俺に喧嘩吹っかけてきてな。つっても楽しかったって言えば、楽しかったけどな」
ここまでを語り終えると、ヴェインは少し寂しそうな顔をした。 窓の外を見て懐かしんでいるのか、それとも悲しんでいるのか。ともかくその横顔に漂う哀愁のお陰で、レアナは相槌すら打てなかった。 「マスター、そろそろ登録を」 「ああ、そうだったな」 メビウスの声で哀愁を振り払い、いつもの自信に満ち溢れた顔を取り戻してソファを立つ。 「レアナ、今日はうまい具合にアイアンランクまでの冒険者が出れるトーナメントがある」 「それに、出るんですね……?」 ヴェインはわかってるじゃねぇか、と言わんばかりに鼻で笑うといつもの黒コートを羽織り、留め金を留めていく。
「お前のことだ、優勝できるとは思っていない。その戦い振りを見て今後の方針でも決めようじゃねぇか」 情けない戦いは出来ない。そんな義務感がレアナに生じる。 同時にヴェインにも弟子に偉そうなことを言った手前、敗北は許されない。 「全力で、頑張ります!」 「当然だ」
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アルブエラ冒険者ギルド。そこでは毎日のように冒険者を志願する者たちが集う。 闘技場があるのはその隣。捕獲したモンスターを移動するのに丁度いいのだろう。 普段は冒険者同士の戦いを行ったり、モンスターを相手にした連戦や一対多の戦闘を行い、出場者は賞金を、観客は戦いの興奮と賭博のスリルを得られる場所だ。 常に闘技場は満員御礼。しかし、この日はアイアンランクトーナメントの為、いつにも増して超満員なのであった。
「アルブエラ闘技場へようこそお越しくださいました!」 拡声魔法の掛けられたアーティファクトにより闘技場全体に実況の声が広がる。 「さて、本日はアイアンランクトーナメントを予定しておりましたが、急遽決闘の登録がありましたので余興としてお送りしたいと思います!」 実況の言葉に全てに観客は声を張り上げ、闘技場を包む熱気を肥大化させる。 「しかし、余興とて侮るなかれ! これより闘う二人の冒険者は同業なら一度は聞いたことがある二人! つまりは強豪中の強豪!」
西側の控えにいる彼は観客たちのざわめきを聞いて、アホ共が。既に俺の勝利は決まってる、と静かに笑みを漏らす。 東側の控えにいる彼は観客たちのざわめきを聞いて、くだらない。勝つのは俺だ、と静かに笑みを漏らす。
「ランクはブロンズ、アテナクラス! ドールマスター、虚空の愚者といった異名を持つ完全無欠の強者!」 彼の前に立ち塞がる鉄格子が、ガラガラと大きな音を立てて開かれる。 「ヴェイン=フラムコーダ!」 夕暮れの赤い陽が、彼の白髪を照らす。夕暮れをそのまま焼き付けたかの様な赤い瞳は、反対側にある鉄格子を睨み付ける。 黒衣に包まれた四肢を動かし、闘技エリア中央まで悠然と歩を進める。
「対するは! 同じくブロンズランク、ガバメントクラス! 付いた二つ名は蒼黒の凶弾!」 彼の前に立ち塞がる鉄格子が、ガラガラと大きな音を立てて開かれる。 「ロード=アースリットの入場だ!」 夕焼けを背に、中央まで歩いてくる彼は、黒衣に取り付けられた布をなびかせる。 蒼い髪は赤い陽に照らされて鮮やかに光り、緑色の瞳は先に入場していたヴェインを見据える。
「初めに言っておこう」 先に啖呵を切ったのはロードのほうだった。 「アテナなんて、所詮は他の専門職を模倣するしかない猿真似。偽は真に勝てない」 「それは俺に勝ってから言いやがれ」 対するヴェインは軽く鼻であしらった。 両者の険悪な雰囲気は、闘技場全体に広がる。 「尤も、銃をぱかぱか撃つしか脳のない奴に負ける気はしねぇけどな」 「一点特化と言え。器用貧乏」 「それは中途半端にしか鍛えられない奴の話。俺の場合は、オールマイティ、だ」
空気は徐々に引火点へと近づいていく。 どちらかにほんの小さな火が着いた瞬間、それが戦いの始まりか。 それは否。小さな火を着けずとも熱し続ければ、いずれは発火点へと到達する。
二人も観客も、ここにいる全ての者が、引火点を通り越し、発火点が近いことを知っていた。 あれだけ五月蝿かった観客が、今は誰一人声を出そうとしない。 闘技場の収容人数は二千人。耳を澄ませば二千の呼吸を全て聞き分けることが出来そうだ。。
「口で言い負かしても何の得にもなりゃしねぇな。とっとと始めようじゃねぇか」 戦いを促したのはヴェイン。 どうやらここが発火点。自然発火を起こした炎は燃焼の三大要素の内一つを取り除かなければ消えることは無いだろう。 ここで消すべき要素とは? 酸素でもなく、火源でもなく、可燃物。ここで言う可燃物とは、勿論ヴェインとロードのことだ。
二千の呼吸は、そうすることを許可を却下されたかの様にぴたりと止まる。
ロードの手が両腰のホルスターに納められた銃へと伸びる。 ヴェインがコートの懐から使い魔を納めた、三色の召喚石を取り出す。 スローモーション。観客にはそう見えた。
真っ黒な銃口がヴェインを睨む。ごつごつした拳銃のトリガーを人差し指で握り潰して、“蒼黒の凶弾”の銃は凶弾を吐き出す。 その銃声が開始の合図だった。
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