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Fortune LINK 作者:カミジョウ

第5回   LINK01 03 犬猿

3 犬猿

三人の目がまともな光景を見た時、そこはとある部屋の中だった。
本当に何も無い部屋で、あるといえば床に六芒星とその点を結ぶ六振りの剣のみ。
この部屋はヴェインが逆召喚の召喚場所にしている部屋。ヴェイン宅の一室。ヴェイン程にもなってくると街に家を借りて住み込むこともある。
ちなみにレアナはここで下宿ということになっているが、こうなる前は宿屋を転々としていた。

「やれやれ、まさか本当に闘う羽目になるとは思わなかった」
「あぅ……すいません」
愚痴るヴェインと、しゅんとなるレアナ。メビウスは黙って肩を竦めていた。
「そう思うなら少しでも強くなれるよう修行しやがれ」
それだけ言うと、ヴェインはドアを開けて部屋を出る。メビウスも戦利品を入れた袋を背負いヴェインに続く。
「俺とメビウスは“スペクトラ”に行ってくる。お前はクエスト終了を報告しに行け。それが終わったら明後日までは自由だ。無駄にならないように好きに使え」
「それなら明日、師匠の都合が良ければ修行に付き合ってくださいませんか? たまにはゆっくりと師匠の手解きを受けたいです」
「それでいい」
ドアを閉める直前、ヴェインは、都合が良ければな、と付け足して家を出て行った。


「お、ヴェインじゃん。こんな遅くにどうしたのよ?」
住宅街の外れにある大きな屋敷の中に入ると、エントランスで佇んでいた一人の女性が親しげに話しかけてきた。

女性は赤いチューブトップの上にファーの付いたオレンジジャケットを羽織り、下には動きやすそうなカーゴパンツを穿いている。
アネモネ色の瞳は常に湧き出る好奇心で爛々と輝き、所々跳ねた紫色の髪がヴェインに近づくたびに少しずつ揺れる。
右手首にある腕輪は赤色。魔法使いを表す色だ。
彼女のクラスは召喚魔術師、“ソロモン”。肩書きの通り、召喚魔法のみしか使えないがその技術は随一である。

「換金だ。クエストの帰りがついさっきだったからな。別に構わねぇだろ?」
ナナと呼ばれた女性はヴェインの前まで来ると、メビウスが何か背負っているのに気づく。
「オッケーオッケー、全然いいよん。いやー、いつも悪いねー」
「別に。一番売値が高いから使ってるだけだ」
「まあ、売ってくれるなら何でもいいよ。じゃあ換金してあげるから、いつものとこ来て」
ナナは踵を返し、エントランスの奥へと向かい、ヴェインもそれに続いた。

ヴェインが“スペクトラ”と言っていた場所はここだ。
正式名称、“カシスフィズスペクトラ”、通称“スペクトラ”と呼ばれているここは、商売を主にする商業クラン。
中でも、このスペクトラは物を売り買いしたり、傭兵を派遣したりする便利屋クランとして有名だ。

「さて、今日の戦利品はどんな感じで?」
連れて来られたのは大きな棚が並ぶ広い部屋。その棚の群れより手前にカウンターがあり、ナナはそのカウンター越しに聞いてくる。
その棚の合間を、蝙蝠のような羽の生えたぬいぐるみサイズのモノが、その小さな羽根で健気に飛びながら荷物を運んでいる。
ここはスペクトラ、クランハウス内にある商品倉庫。
ぬいぐるみの様なモノは小悪魔。ナナの使い魔だ。

「デザートドラゴンの甲殻と爪と牙だ。メビウス」
「はい」
それまで後ろに控えていたメビウスがヴェインの前に出て、カウンターにリュックを降ろす。

「結構採ってきたね〜。重かったんじゃない? ヴェイン、たまにはこの子、労わってやりなよ?」
リュックを広げ、爪や牙を虫眼鏡で鑑定しながら言う。
「私の幸せはマスターのために働くことです。それにマスターが寝る前には、今日もご苦労だったな、と言葉をかけて下さるので、それだけで十分です」
希薄であるメビウスの表情が綻ぶ。それだけヴェインが自慢なのだろうか。
「へぇ〜、ヴェインにも可愛いところあるもんだね〜」
「メビウス、その一言余計に言う癖、直した方がいいぞ」
ニヤニヤと見つめるナナに対し、ヴェインは赤面してメビウスに忠告する。

「はい、鑑定終わり。なかなか上質なモノ取って来たね〜」
「私が選んだのですから当然です」
どこか得意気なメビウス。やはり契約者と使い魔は似てしまうのだろうか。

「それで、幾らだ?」
「ざっと二万ゴールドってところかな。こんな綺麗なままの甲殻はあんまり無いからね。で、どうする? ちょっと色付けてあげてもいいけど?」
「このままで売る。色付けられたら、後から二乗の見返りを求めてきそうだ」
ナナはつまらなさそうに肯定すると使い魔たちに鑑定品の運搬を命じた。
そしてカウンターの引き出しを開けると一万ゴールド紙幣を二枚、カウンターの上に置いた。

「ほい、まいどあり!」
「ああ、また来る。……クウには宜しく言っておいてくれ。あと――」
部屋を出る間際、ヴェインはナナの小悪魔たちを見て一言、
「お前こそ使い魔を労わってやれ」
小さな身体で甲殻や牙を運ぶ小悪魔たちは必死に指定された棚まで運ぶ。ヴェインにはそれが不憫に見えて仕方なかったのだろう。
「え、なんで?」
だと言うのにナナは、一体何のことか理解していないようだった。
「――いや、もういい」
諦めたようにヴェインは溜息を吐き、メビウスと共にスペクトラを後にした。



ヴェインはメビウスと拠点の町、アルブエラを、夜だというにも関わらず、街頭を埋め尽くす人の通りを含める街の景色を味わうように、ゆっくりと歩く。

アルブエラは霊峰とされるメテレミアの麓にある冒険者たちが拠点とする街だ。
アルブエラの冒険者を管理する組合、冒険者ギルドには約三万人の冒険者が登録されており、それは世界に点在する拠点の町の中でも一、二を争う数である。

ちなみに拠点の町となる条件は、冒険者ギルドがあることと世界各地に置かれた召喚門に繋がる魔方陣を敷いていること。
その召喚門を通して、冒険者は世界各地の秘境や迷宮へ赴くことが出来ると言う仕組みになっている。


「マスター、何か良い事でもあったのですか?」
街の広場に出て、人混みの流れが止まった時、急にメビウスが口を開いた。
「いきなりなんだ?」
急に話を切り出したメビウスにヴェインは少し戸惑いを見せる。

「いえ、マスターがどこと無く嬉しそうだったので」
彼らは五年間、常に行動を共にしていた。互いの微妙な変化はすぐに気がつくのだろう。
「メビウスが言うなら、今の俺は気分が良いのかもな」
「?」
流石にヴェインほど気難しい人間の思考を理解するのは難しかったのか、メビウスは首を傾げる。

「なんとなくだが、育てる楽しみってのが分かったのかもな」
「育てる楽しみ、ですか。とするとレアナさんのことですね……」
楽しそうなヴェインと反比例するかのように、メビウスの顔は暗くなっていく。
「ああ。流石に今日のドラゴンには敵わないだろうが、少しずつ成長しているのがわかる。その成長していく様をみるのはなかなか楽しいもんだ。今ならマルスの言ってたことが分かった気がする」
今のヴェインはやけに饒舌だ。それだけ今の状況を気に入っているのだろう。

「マスター、レアナさんのことを気に入っているならそれ相応に接してはどうですか」
メビウスは今の状況を気に入っていない。その想いは投げやりな態度に出てしまっている。
「そういうわけにもいかないだろ。褒めると付け上がるタイプだろうからな」
「なら、その分私に――っ!」
メビウスが何か言おうとした矢先、通行人の肩が彼女にぶつかってしまった。

「こんな道の真ん中で話し込むな。邪魔だ――ちっ、なんだ人形野郎とその玩具か」
冷ややかに言い放つその男はヴェイン達を一瞥すると舌打ちして立ち去ろうとする。

「誰が人形野郎で誰が玩具だって?」
ヴェインは男の肩を掴み、眉間にしわを寄せて、すっかり喧嘩腰である。

男は誰かに似ている空色の髪を揺らして振り返る。
体のラインが浮き出るほどタイトな服はベルトが何本も巻かれている。
腰に目を下ろすと重厚な拳銃が左右合わせて二挺。
拳銃を扱えるクラスは、武装召喚を使えるアテナを除いて唯一つ。
所属ジョブは射手。豪雨の銃撃と呼ばれる、“ガバメント”クラスだけである。

「お前たちのことだ。そんなことも分からないのか? とんだ愚図だな」
男の方も喧嘩腰。周りでは野次馬たちの輪が出来上がっている。中には女性冒険者もいるようだ。

「あれ、ドールマスターと蒼黒の凶弾じゃないのか?」
「ドールマスター? ああ、虚空の愚者か」
「え、ドールマスターと虚空の愚者って一緒の奴だったのか?」
野次馬たちは口々にこの後の展開を話し合ったり、二人を煽り立てたりしている。

「なんだよ、ドールマスターとか、虚空の愚者とか蒼黒の凶弾って」
野次馬の一人が何の気なしにそんなことを言った。すると他の野次馬達の視線はその一人に集中した。
「お前、そんなことも知らないのか? これだから新米冒険者って奴は……」

「いいか? あの白髪の方の名前はヴェイン。人形を召喚して、全方位から攻撃を仕掛けたり、身代わりを使ったりで、とにかく人形を使った戦いが得意なんだ」
「闘技場でその戦法を使ったら負けたことが無い。そこから付いた二つ名がドールマスターなの」

「それにあいつはアテナ。元々は武器を召喚して戦うクラスだ」
「あいつが召喚する武器の中でも最強の武器が確実に敵の弱点を見抜いて攻撃を繰り出す“ゼロ・フール”」
「その剣の名前からついた二つ名が虚空の愚者ってわけだ」
代わる代わる説明をする野次馬たち。その真剣さに新米冒険者は圧倒され気味だ。

「で、青髪の方はだなロードっつって、あの青髪と黒い服、そしてクラスから付いた二つ名が――」
「それが蒼黒の凶弾なのか?」
「ああ。お前は新米だから言っておいてやるけどよ、有名な冒険者の名前くらい覚えておかねぇと後で絶対損するぜ」

「手前、俺の使い魔にぶつかっておいて、詫びの一つもいれねぇのか?」
「ぼーっと突っ立っているほうが悪い。さっきも言っただろう、邪魔だとな」
「邪魔なら避けろ。空気読め。そしてとっとと失せやがれ」
「フン、失せろはこっちのセリフだ。いや、街から出て行け」
「そうなれば手前より遥かに強い俺が消えて、この先安泰だな」
「ちっ――貴様……!」
「やれやれ、こんな安い挑発に乗りやがって。器が知れるな」
「言わせておけば……!」
白熱する二人の言い合いは続く。
その険悪さといえば、いつ決闘が始まってもおかしくない。

一方、輪の外では路地から青い髪の少女がやってきた。
「あのー、何かあったんですか?」
「見て分からないのか?ドールマスターと蒼黒の凶弾が喧嘩してるんだよ」
「ドールマスター? ってまさか――」
「おい、嬢ちゃん? 巻き込まれると厄介だぞ――って行っちまったか」

「貴様今すぐここで殺してやる……!」
「やればいいじゃねぇか。さっさと実行に移せよ。ほら、口だけか?」
「あー! やっぱり師匠だ!」
口喧嘩を続ける二人に横槍が入る。声を上げた青髪の少女、レアナの手によって。

「レアナさん、どうしてここに?」
「報告の帰りです。まさか師匠が喧嘩してるとは思いませんでしたよー」
すっかり二人の喧嘩に付いていけなくなっていたメビウスがレアナの元に歩み寄る。
野次馬の話題も、すっかり喧嘩からレアナのことに変わっていた。

「この馬鹿が俺のメビウスにぶつかってきやがったから謝罪を求めただけだ」
機嫌が悪そうに腕を組んだヴェインは顎でロードを指す。

「レアナ……?」
レアナの顔を見た瞬間、ロードが信じられないと言ったような顔をする。
「あれ、兄さん?」
「は? 兄さん?」
ヴェインは聞き間違いをしたかと、一瞬耳を疑ったが、確かにレアナはロードに兄さんと言っている。

「レアナ、もしかしてこいつの――」
「はい、妹です」
「レアナ、まさかとは思うがこいつの――」
「うん、弟子になったの」


「「はぁーーっ!?」」
二人の悲鳴にも似た叫びは、白み始めたメテレミア山の空の向こうへとこだましていくのだった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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