2 心構
静かに両断されたドラゴンの死骸の間に降り立つヴェインは、再び見えない鞘に剣を納める。 「ふぅ……」 と、一息吐いてメビウスの方に向き直る。 「お疲れ様です〜。さすが師匠!」 しかし、そこに現れたのはレアナ。ヴェインは米神辺りがピクリと動くのを感じた。
「レ〜ア〜ナ……!」 「あれ? どうしました、師匠? そんな怖い顔して」 「元はと言えばお前の所為だろうが、この馬鹿弟子が!」 「だからアレはくしゃみが出た所為で〜」
今回、三人が挑んだクエストは「デザートドラゴンの卵一つ入手」 夜、ドラゴンが眠っている間に挑んで、注意さえ怠らなければアイアンランク――冒険者の格付けで、アイアンは最下層。レアナはこの位置にある――の冒険者ですらこなせるクエストだ。 レアナのヴェインに対する態度からわかるように、ヴェインとレアナは師弟関係にある。 師弟になった理由は追々話すとして、このクエストはヴェインがレアナの訓練の為に選んだものだ。
ヴェインは憤怒の形相。レアナは子犬のように縮こまっている。 「し、仕方ないじゃないですか〜! くしゃみは生きてるうえで絶対に出ちゃいますよ〜!」
実際、デザートドラゴンの巣まで辿り着いたレアナは卵を抱え、巣を立ち去ろうとした矢先にくしゃみをしてしまった。 そのお陰で眠っていたデザートドラゴンは覚醒。そしてそのまま冒頭へと話は繋がっていくのだった。
「これではまだマスターの背中を任せることは出来ませんね」 後からやってきたメビウスが、やれやれと肩を竦める。 「それには何十年掛かるんだろうな。つーか最初から期待してないし、後ろを守るのはメビウスで十分だ」 「じゃあメビウスさんがいなくなったらどうするんですかー?」 拗ねた様子で反論するレアナ。子犬から一変して餌を溜め込んだ鼠の様だ。まだ小動物の域を出ないのは仕方ない。
「メビウスが壊れる筈なんて無い。召喚して五年。信頼で勝ち得た連携を崩せる奴は居ねぇよ」 メビウスはヴェインが召喚した“使い魔”だ。 使い魔とは召喚した者の命に従い行動する従者のことである。 戦闘能力がある使い魔はいるものの、強大な力は無い。その代わり、破壊されない限り永続的にこの世界に存在し続けることが出来るのだ。 逆に一時的にしか存在できない代わりに強大な力を持つのが召喚獣である。
従者には性質があり、ロウ、ニュートラル、カオス、アーティファクトの四種。 メビウスの性質はアーティファクト。魔法により生命を与えられた機械。だから無機質で無表情なのだ。
「私も壊れるつもりはありません」 主に似て、クールに、そして自信満々に宣言するメビウス。 「私が居なくなれば誰がマスターの援護と補助と目覚まし時計役をするのですか」 「メビウス、余計なことは言わなくていい」 微かに赤面するヴェイン。レアナは珍しいものが見れたと、にやけそうな顔を必死で隠している。
「とにかく、さっさと帰るぞ。レアナ、卵は無事だな?」 「はい、全然無事です。ヒビ一つ入ってませんよ」 「よし、上出来だ。メビウス、ドラゴンから出来る限り素材を拝借しろ。レアナも卵を置いて手伝え。俺は街への召喚門を準備する」 「了解しました」 「わかりました、師匠」 役割分担を速やかに済ませ、ヴェインは魔法を使う体制に入る。 普通の鉄剣を六振り程召喚し、砂の上に突き刺していく。上から見ると六角形の形をしている。
ヴェインが行おうとしているのは逆召喚。現在地から指定した場所へ、自分を召喚する門を作り出す魔法のことだ。 便利な術式ではあるのだが、距離が離れる程、門の場所を特定するのに時間が掛かってしまう。 普通なら帰還スクロールというアイテムを使って街に戻ればいいのだが、スクロール一つにつき帰れる人数は一人。 レアナはいつもどおり準備を怠ってスクロールを忘れたので、こうして召喚門を開いているわけだ。
ヴェインが精神を集中させると剣と剣が光の線で結ばれていき、六芒星を描き出す。 淡い光を放つそれはヴェインの詠唱に合わせて眩く、時に消え入りそうな光を放っていた。
一方、ドラゴンから得られる戦利品の採取をしている二人は――
メビウスは腰に提げた剣ほどの長さの棒を手に取り、ドラゴンの爪に当てる。 柄に仕込まれたボタンを押すと無数に取り付けられた棘が回転しだして、けたたましい音と共に爪を徐々に削っていく。 機巧刀・輪廻刃。ヴェインが召喚し、メビウスに渡した剣で、柄に施した仕掛けを使うと刀身の代わりに付けられた棘が高速回転し、どんなに硬い敵も時間を掛けて切り裂く剣だ。 そうこうしているうちに爪が全て削り取られていった。
「レアナさん、この爪をマスターのところまで運んでください。くれぐれも邪魔をしないように」 「なんか、わたし雑用ばっかりやらされてません?」 先程からメビウスは剥ぎ取り、レアナが運搬の体系で作業をしている。
「集団で狩りをして、戦利品を獲た場合はこうしたほうが速いと思います。それに雑用とは何ですか。これも冒険者にとって大事な作業の一つですよ? マスターが聞いたら間違いなく怒ります。大体、貴方にこの硬い甲殻を剥がせますか?」 メビウスはイライラした雰囲気で捲くし立てる。 「わかりましたよー……」 レアナはしぶしぶドラゴンの爪を抱えてヴェインの方へよたよたと歩いていく。
(メビウスさん、わたしのこと嫌いなのかな……) レアナがヴェインに弟子入りしてからと言うものの、メビウスからの風当たりはきつくなる一方で、弱まる気配は全く無い。 ヴェインの傍までやってきて、荷物を纏めている場所に爪を置く。 (師匠が聞いたら、怒る……か) ヴェインはぶつぶつと、うわ言の様な詠唱を続けている。 その横顔を見てレアナはさっきメビウスが言ったことを思い返す。 六年間もの間ずっと冒険者を続けてきたヴェインにとって、レアナはまだまだ駆け出し。巣立ちの時も遥か遠くにある雛鳥だ。 そんな自分が文句を言っていては余計に巣立つのが遅くなる。 メビウスはそんな自分を戒めていたのだろう。
「よし」 ヴェインの集中を乱さないように小声で気合を入れなおすと、またメビウスの元へ戻っていった。
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