1 冒険者
灼熱の砂漠も日が沈めば極寒へと変わる。 夜空で瞬く無限の星々は、疾走する三人組を照らしていた。
「この、馬鹿弟子が! あれほど注意しろって言っただろ!」 夜の闇に程よく溶け込む黒いコートを着込んだ男は、白の髪を揺らして走る。 叱咤する先には、彼を真似たかのような黒コートで、空色の髪の少女。男と違う点は腰に一対の短剣を差していること。 少女は人の顔ほどある大きな卵を抱えている。恐らくこれが追われる原因なのだろう。 この二人の腕を見ると、銀のブレスレットがある。冒険者の証である腕輪が。
「ししょ〜! でも仕方なくくしゃみが〜」 そんな言い訳も、知ったことか、と一蹴されてしまう。
そんな彼らの背後に迫るは、神格化されることも多いモンスター、ドラゴン。 正確にはデザートドラゴン。 砂漠に住み、砂色の硬い甲殻を持つドラゴンだが、攻撃力はそれほど高くは無い。 しかし甲殻は脅威。一般的な武器ではダメージを与えることすらままならない。
「ったく、仕方ない……。おい、メビウス! あいつ、シめるぞ」 そんな敵に対して男は闘うことを決めた。 生半可な武器ではダメージを与えられない。それなのに男は武器の一つも持っていない。 それでも闘うのが彼ら、“冒険者”という人種だ。
「もう少し早くその選択をされると思ったのですが。何にせよ、準備は完了しています」 最後尾に位置し、疲れた顔一つ見せず、砂の上を滑るように走る少女、メビウスは淡々と男の言葉に答える。 「――そいつは重畳。援護は任せた。レアナ、お前は適当なとこで隠れてろ!」 「は、はい!」 唇の端を吊り上げ、溢れる自信を隠そうともせず的確に指示を出す。 対して青髪の少女、レアナは緊張しているのか声が裏返りそうになりながらも返事をする。
メビウスは速度を上げて旋回。ツーテールにした銀の髪は、彼女の動きに合わせて弧を描く。 その様は月夜に浮かぶ月光が如く。 陸艦と見紛える程の巨大な敵に突っ込んでいくメビウス。シトリンを埋め込んだような金の瞳は敵を見据えるのみだ。 「照準、確認。対象は疾風耐性が著しく低いようです。疾風剣の召喚を」 メビウスの瞳孔が大きく開かれ、すぐに狭まっていく。 目で答える男を背に、メビウスは両の手をもたげる。その手には黒い鉄の塊――拳銃だ。
「アタック開始します!」 引き金を引く。銃口が向く先は、眼球。 「――ギャァァァァアアア!」 視界を潰され、デザートドラゴンは怒り狂う。 ドラゴンと言えど、デザートドラゴンは下級の域を出ない。知能も良いほうではないのだ。 知能が低いから、怒りの矛先に馬鹿正直に向かっていく。 陽動を目的とするメビウスの行動は、それを考えた上でのことだった。
自分に被害の無いところに立ち、それを尻目に男は精神を研ぎ澄ます。 「――セット、コールウェポン」 隙は出来た。男はこれで邪魔されること無く、己の得物を“呼び出す”ことが出来るのだ。
彼のジョブは誇り高き“騎士”。 クラスは“アテナ”。彼が見せるはその力の一片。
「我が名、ヴェイン=フラムコーダの名に置いて命ずる」 意識を集中させる。是より呼び出すは、彼、ヴェイン創造し、契約した得物。 「――来たれ、我が創造せし数多の武装!」 ヴェインは空中で手を滑らせる。それはディーラーがカードを並べるような動きだった。 「――武装式・召武!」 宣言した瞬間、並べたモノが影となり、夜の砂漠に巨壁を作り出す。 よくよく見ると、その影は、あるモノは剣、あるモノは槍、あるモノは斧。一つ一つが武器の形をしている。
その内の一つに手を掛けるヴェイン。するとその影以外は再び夜の闇に溶け込んでいく。 シルエットから、それは剣だと判明する。
「疾風剣・翠風!」 引き抜いた瞬間、影が剥がれ、煌く翠の刀身が露わになる。 影の鞘から現れ出でたそれは、今まで押さえ込んでいた風を解き放って、耳を塞ぎたくなるほどの騒音を撒き散らす砂嵐を生み出す。 彼の剣の名は、疾風剣・翠風。形容し難いほどの流麗さを持つ風の剣、謂わば、魔法剣。
これぞ、魔法騎士“アテナ”クラスの成せる技、「武装召喚」である。
「メビウス!」 「――了解」 ドラゴンを引き付け、逃げ回っていたメビウスは急に方向を変えて主の元に走る。 急に獲物の行き先が変わり、自身も曲がろうとしたが、ドラゴンはその巨体に乗った勢いを殺しきれず転倒してしまった。
ヴェインはメビウスの居る方へと走る。 「――ご苦労」 「いえ。では御武運を――」 すれ違う瞬間。たったそれだけの会話で相手を労い、相手を激励する。 たったそれだけで、互いの心は伝わる。この主従の信頼は何者にも打ち消すことが出来ない。
起き上がり、再び迫り来る砂色の要塞。対するヴェインは翠の風を纏う。 砂を蹴って、彼は跳ぶ。やけに長い滞空時間は剣の効果なのか、それはもう“飛ぶ”と言ったほうがいいのかもしれない。
下段に構えるは疾風剣・翠風。淡く煌く刀身は翠の光を残して流れていく。 対峙する人と竜。その力は歴然だ。普通の人間ならば踏み潰されてお終いだろう。
しかし、その力の差を覆すのが冒険者だ。
「――神風壱式・蒼穹風刃!」 ヴェインが纏っていた風は剣に収束し、局地的な嵐を生み出す。 大きく振りかぶって虚空を切り裂く。剣の軌跡は風となり、全てを切り裂く刃となる。 デザートドラゴンの甲殻も例外ではない。硬い皮膚を持つという情報は嘘のように一刀の元に切り伏せられた。
「あれが……虚空の愚者」 そこから少し離れたところで、その瞬間を捉えたものが居た。 「ふふっ、面白い方ですわね」 ヴェインのコートとは対照的な白いローブのその影は、手の甲にある刺青に魔力を込めるのをやめた。 そして背を向けると、空中に描かれた魔方陣に向かって歩み、その中に解けて消えてしまったのだった。
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