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哀しき中年男 作者:Gatita

第6回   断ち切れない過去
 十月下旬の水曜日の夜、功夫と那美は電話で話していた。
「仁志のやつさ、この間ジーナちゃんにキスしたんだってよ。」
「ええっ、仁志さん、そんなことまで貴方に報告するの?」
那美は不快感をあらわにした。相変わらず、仁志は女性を性欲処理の対象若しくは自慢の対象としてしかみなしていないように思えた。同時に、功夫も同様に仁志に自分との関係を隠すとこなく話しているのではないかと不安になった。
「ああ、あいつ、何でも全部俺に話すよ。」
「やっぱり、彼と関わる女性は気の毒だわ。」
「みんなそう言うんだよな。知華も同じようなこと言ってたよ。」
那美は無論仁志の女性の扱いも不快だったが、それを悪いとも思っていなさそうな功夫に対しても一種の不信感を抱いた。
「ああ、ところで、今週末、知華の両親が秋田の田舎から遊びに来ることになったとよ。で、土曜日、夕食に招待してくれとるんやけど、那美も来る?」
那美は怪訝に思った。知華の両親ということは、まさしく功夫の元妻の美華の両親ということではないか。功夫はどこに行くにも那美に同伴をお願いし、那美も多少気が進まなくても功夫に従っていたが、今回ばかりはどうしても嫌だった。
「悪いけど、行きたくないわ。でも、功夫さんが行きたいなら、一人で行っておいでよ。」
「そう?だったら、俺もやめておくよ。」
「あら、行きたいなら行けばいいのに。私は構わないわよ。」
「君って、本当にいいやつだよな。人が好すぎて時々怖くなるよ。でも、俺も一人では行きたくない。」
功夫としては、一人で元義理の両親に会うことで、昔を思い出してしまうのが怖かったので、那美に同伴して欲しかったのだが、那美がどうしても嫌だと言うので、結局夕食のお誘いを断ることにした。
 那美は話題を変えた。
「あ、そういえば、功さん。私ね、昨日母と電話で話して、来年家族でどこか海外旅行に行こうっていう話したの。」
「海外旅行?俺、ここ二年でかなり沢山旅行したよ。よかったら、今度家に来たとき写真見せてあげるよ。」
「え?そうなんだ。どうもありがとう。それじゃ、またね。」
二人は電話を切った。

 土曜日の夜、那美が功夫のマンションに着くと、早速功夫が本棚から「地球の歩き方」のニュージーランド編、トルコ編、東南アジア編、及びエジプト編を取り出して那美に持ってきてくれた。
「好きなの持っていきなよ。」
「へえ、功さん、二年で四回も旅行に行ったの?」
「会社がわりと自由に休み取れるけんね。大体ピークを避けて春や秋に行くんよ。そしたら飛行機代も宿も安くなるし。」
「結構アドベンチャラスな旅行が好きなのね。うちの両親はもう歳だから、アドベンチャーにはあまり興味ないかもしれないけど、でも私には面白そう。じゃあ、とりあえず全部借りておいていい?」
 その後、二人はいつも通り共同作業で夕食を作って食べ、食後のワインを飲みながら、ノート型パソコンで功夫の旅行の写真を見ていた。

 ふと、電話が鳴った。電話は、功夫の元義母、つまり美華と知華の母親からだった。
「功夫さん、今日は会えんで残念だなぁ。」
「ああ、ごめんなさい。是非またの機会に。」
「功夫さん、きりたんぽ鍋大好きだズよな。だから、ごっつぉしよ思ったべ。」
功夫は言葉を詰まらせた。義母は続けた。
「おれたちは明日秋田さ帰るで、知華にお土産渡すで、受け取ってな。」
功夫は、ぐっと涙を堪え、
「ありがとうございます。おやすみなさい。」
と言って電話を切った。
 功夫は那美の隣に座り、ずっと無口だった。那美は、功夫のことが気になっていたが、わざと気にしていないそぶりをして、ワインを見ながらテレビに見入った。

 夜中の十二時、二人はベッドに入り、電気を消した。いつもなら、少なくとも功夫が那美の手を握ってくるはずなのに、今回は何故か功夫は那美に背中を向ける形で横になっていた。しばらくすると、那美は、功夫の呼吸困難でも起こしたような異常な息使いを感じた。那美は焦って功夫に訊いた。
「調子悪いの?」
功夫は答えなかったが、那美は功夫が泣いていることに気づいた。那美は途方にくれ、そんな功夫が気になって一晩中眠れず、気持ちが落ち着かなくて何度も寝返りを打った。
 明け方五時頃、功夫は那美が全く寝なかったのを察し、那美に話しかけた。
「寝なかっただろ。」
「うん。」
「悪かったな。」
「私がいけなかったかしら?」
「君は悪くないよ。もう大丈夫やけん、寝ろよ。俺のことは心配すんな。」
 二人は少しだけ眠った。目が覚めると朝の八時だった。
「今日はもう帰るわ。」
「じゃ、今夜電話するよ。」
那美は着替えてメイクを済ませると、すぐに功夫のマンションを出た。

 夜、那美が独身寮に戻ると、功夫から電話があった。
「昨夜は本当に心配掛けてごめん。」
「私、我侭言っちゃったかしら?知華さんのご両親に一緒に会いに行くべきだった?」
「いや、そうじゃない。ただ、知華のお母さんと話しとったら、昔を思い出してしまった。本当、君には心配掛けて悪かった。」
「功夫さんが過去を忘れられないのも無理ないのはわかっているわよ。だからもう謝らないで。」
「ありがとう。明日から仕事やろ。今夜はちゃんと寝ろよ。」

 この日を境に、功夫の那美に対する態度が変わり始めた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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