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三十路女の消し去りたい過去 作者:Gatita

最終回   ハッピー・ホリデイズ
 あと一週間でクリスマス。クリスマス前後は、週末も含めて五連休になる。今までならクリスマス休暇を一人で過ごす寂しさがやるせなかったはずが、今年は逆にその開放感がたまらなく嬉しかった。急遽一人になることができ、この五連休を思う存分自分の好きなことをして過ごしたくなった茉莉子は、一人旅に出ることにした。まず、その間ノワールとミケの世話をお願いするため、プロのペットシッターを探した。結局、一日あたり十五ドルで二匹の世話をしてくれるペットシッターが見つかり、予約を取ることができた。

 冬のこの時期、アメリカ国内で気候もよく過ごしやすい場所といえば、やはりフロリダだろう。フロリダは年中温暖だが、特にこの時期には乾季に入り、降水量が減るため、カリフォルニアの寒くてじめじめした冬から逃れるにはもってこいだ。茉莉子はサンフランシスコからマイアミまでの往復のフライトを検索した。流石にこのぎりぎりの時期でしかもお手ごろ価格で…となると、到着時間が夜中や明け方だったりなど、なかなか都合よくは行かないものだが、一人旅なので多少無理なスケジュールでも、自分がそれでよければ十分だ。茉莉子は深夜にマイアミに到着する便、お手ごろ価格のモーテル及びレンタカーを予約した。これで準備は完了だ。

 翌日、茉莉子はリチャードが茉莉子の部屋に置いていた物をまとめた。靴箱の中に入れられたお泊り道具、以前にフリーマーケットでバラの花束を買ってもらったときに貸してもらった花瓶、未開栓の赤ワイン…。全てを大きな紙の手提げ袋に入れ、茉莉子はリチャードの家に向かった。
 ドアをノックすると、バウワウの吠える声がしたが、リチャードは出てこなかったので、茉莉子は手提げ袋をドアの前に置き、そのまま立ち去った。車のエンジンをかけると、やっと出て来たリチャードがバックミラーに映った。禿げ頭にバスローブを着たその姿は、太った「レレレのおじさん」を髣髴とさせた。
「これでこのおっさんも見納めだ。」
茉莉子はそのまま走り去った。

 茉莉子が家に帰ってメールをチェックすると、リチャードからメールが入っていた。

「荷物どうもありがとう。僕一人ではこんなに沢山ワインを飲めないなあ。今度家にワインセラーでも作ろうか。[laughing]-Rich」

 茉莉子が無視していると、その二日後もリチャードからメールが入っていた。
「今更何を?」

「明後日、『Escapade in Japan』がテレビで放送されるみたいだけど、僕の家のケーブルテレビサービスでは受信できないみたい。もし君のところで受信できるなら、ビデオに収録しておいてもらえないかな?ビデオ代は僕が払う。-Rich」

 「Escapade in Japan」といえば、リチャードが茉莉子と実際に会う前に、メールの中で思い出に残っている古い映画作品として紹介したものだ。リチャードが「ポルノみたいなタイトルの映画」と書いていたのが今でも印象に残っている。それにしても、もう関係なくなった茉莉子にこんな厚かましいお願いをするとは、リチャード本来の図々しさによるものか、それとも茉莉子に対する未練から、会う口実を作っているのか…。茉莉子は返信した。

「恐らくその放送局は私の家でも受信できないと思います。それに今バケーションの準備中で忙しいです。では…。-Mariko」

 もちろん、「バケーション」の詳細については内緒だ。

 出発の一日前、茉莉子が郵便受けを開けてみると、リチャードからの手紙が届いていた。自宅アパートに入る前に開封してみると、中身はクリスマスカードだった。二つに折りたたまれたカードを開いてみると、中には手書きで、「Merry Christmas. ノワール君とミケちゃんによろしく。リチャードとバウワウより」とシンプルなメッセージが書かれていた。茉莉子はカードをダンプスターに投入し、自宅アパートに戻った。


 クリスマス休暇初日の朝、茉莉子はテーブルの上にペットシッターへの支払小切手とメモを置き、ノワールとミケに「元気でね」と軽くハグをし、フロリダに向けて出発した。メモには、ノワールとミケの食事やトイレ等の基本事項を列記した後、ペットシッターがちゃんと家に来てくれたことを証明するため、携帯電話の番号とともに、「このメモを見たら電話してください」とのメッセージも添えた。
 
 この時期、寒くて雨続きのカリフォルニアとは異なり、フロリダは快晴で暖かかった。今までの嫌な思い出を全て振り切るべく、茉莉子は海にかかる長い橋、セブンマイルブリッジを、キーウエストに向けてレンタカーで一心に走った。途中通りかかった小さな島で海鳥が羽を休める姿を見ると、写真を撮りたくなり、車を止めた。ついでに携帯電話を確認すると、ペットシッターから一件メッセージが入っていた。

「ノワール君もミケちゃんも元気です。旅行、楽しんでください。」

 茉莉子はこのメッセージを見て安心した。マイアミからキーウエストまでの道のりは思ったより長く、どこまでも続く青い空と海をバックに、ひたすら車を走らせた。

 キーウエストに着くと、茉莉子はヘミングウェイ博物館に向かった。ここには今でも文豪ヘミングウェイの愛猫スノーボールの子孫たちが暮らしている。スノーボールが六本指の猫だったため、この博物館に暮らすその子孫たちの半数は六本指なのだそうだ。館内に入ると、いるわいるわ。ここに暮らす猫たちは総数六十匹にも及ぶそうだ。猫好きな茉莉子は、大勢の猫たちに囲まれ、幸せなひと時を過ごした。
 茉莉子は思った。
「パートナーがいなくても、十分人生は楽しめるんだ。これからはしばらく一人でいよう。」


 四日間のバケーションを過ごし、カリフォルニアの自宅アパートに戻ると、ノワールとミケはいつも通りの元気な姿で茉莉子を迎えてくれた。
「元気にしててくれたのね。よかった!」
茉莉子はノワールとミケを軽くハグした。ペットシッターにお礼のメールを書くため、パソコンを起動させ、メールにアクセスすると、リチャードから二件ほどメールが入っていた。

「今度友達がパーティーに招待してくれた。僕はサラダを持っていくことにしたんだけど、そのとき君が家に置いていった『マリコ』ドレッシングも持っていくんだ。楽しみだなあ。-Rich」

 因みに、「マリコ」ドレッシングとは、以前リチャードに頼まれて、茉莉子が日系スーパーで買ってきたゴマ風味の日本製のドレッシングだ。茉莉子を想像しながらゴマ風味サラダを食べるリチャードのイヤらしい表情を想像すると背筋が寒くなり、茉莉子はこのメールを削除した。

 リチャードからは年が明けても週数回のペースで他愛もないメールが届いたが、茉莉子は無視し続けた。そして、三月の茉莉子の誕生日に短いメッセージが届いたのを茉莉子が無視したのを最後に、リチャードからは音沙汰無くなった。

 この年の夏、茉莉子は経済的にも余裕が出てきたので、新品の日本車を買った。今まで乗っていたジオ車は、茉莉子が渡米したばかりのときに、どうしても車が必要だったため間に合わせに買った中古車だったが、ネットのローカル掲示板に広告を出すと、思いの外いい値段で売れた。
 ある日、新車を運転していると、ライトブルーのジオのプリズムが茉莉子の車の斜め前を走っているのを見た。運転席には、後頭部の中央まで禿げた頭が見えた。
「うわっ、間違いない!拙い物を見てしまった…。」
思えばそこは丁度リチャードの家の近くだった。茉莉子は、サングラスをかけて顔を隠し、プリズムに追いつかないようわざとスピードを落とした。当然リチャードは茉莉子が新車を買ったことを知っているわけはないので、赤信号で横に並んで停止でもしない限り、新品の日本車を運転しているのが茉莉子だとは気づかないはずだ。このとき、茉莉子は、リチャードが自分の車と茉莉子の車のメーカーが同じだったことから、「君の車と僕の車は兄弟だね」と言ったことを思い出した。そして、改めて新車を誇らしく思った。
「もう兄弟車じゃないよ。」


 十二月中旬のある日、茉莉子が仕事から帰り、いつも通り郵便受けを開けると、葉書が一枚入っていた。差出人を見て、茉莉子は血の気が引いた。リチャードからだ。彼のことは殆ど記憶の片隅に眠っていたのに、そしてすっかりリチャードも自分のことは忘れてくれたと思っていたのに…。その葉書たるや、リチャードが自分で白紙にカラーペンで描いた絵をデジタルカメラで撮影し、それを現像したものの裏にメモ帳のような紙を貼って、宛名を描いて切手を貼った、何とも粗末で見苦しいものだった。茉莉子はその手作り葉書を自宅に持ち込むのすら気持ち悪かったので、ダンプスターに投げ捨て、更に、自宅アパートに戻ると、その葉書を触った手を念入りに洗った。そして、これをきっかけにリチャードがまた何らかの行動を起こし始めることを恐れ、彼からのメールを受信拒否するよう設定した。
 幸い、その後リチャードからメールが来た形跡は無かった。

 
 その年の夏、茉莉子のアパートの隣に白人の独身男性が引っ越してきた。髪をほとんど丸坊主にしているため、年齢不詳だが、目じりの皺から察するに茉莉子より少し上のようだ。英語にも少し訛りがあったので、どこか外国で生まれて、アメリカに来たのはある程度物心がついてからと思われる。
 最初は茉莉子もこの男性のことは特に意識しておらず、会えば挨拶する程度だったが、ある日近所の人が開催したホームパーティーに二人同時に招待され、初めて話をした。名前はジョルジオ、今年四十歳になったところだそうだ。生まれはイタリアだが、親の仕事の関係でハイスクール時代に渡米し、数年前にアメリカで市民権を取得したらしい。最近までハイテク企業でエンジニアとして働いていたが、資格取得のため専門学校に編入したことをきっかけにこのアパートに引っ越してきたそうだ。

 このパーティーで話したことをきっかけに、茉莉子とジョルジオは急速に親しくなった。ジョルジオも猫が好きだそうで、ノワールやミケともよく一緒に遊んでくれ、猫たちもたまにトリートやおもちゃを買ってきてくれるジョルジオを気に入った。

 イタリア出身のジョルジオは、パスタ料理が得意だった。ある日、ジョルジオは茉莉子を自宅に招待し、トマトソースのパスタを作ってくれた。イタリアの家庭の味を再現した手作りトマトソースは、キャンティの味ともよく会い、絶品だった。この時、茉莉子はリチャードが作ったガルバンゾ豆入りの不味いパスタのこと、そして自分が日本食を作ったときにリチャードが持ってきたキャンティと臭いマッシュポテトのことを思い出した。今思い出せば、いい笑い話のネタになる。しかし、茉莉子はこれらのエピソードをジョルジオには一切話さないことにした。何故なら、これらのエピソードを話せば、リチャードの存在についても必然的に話さなければならなくなり、どこでどうやって知り合って、茉莉子とはどういう関係だったかについて質問されたら、自分自身の恥を晒すことになるからだ。茉莉子にとってリチャードと過ごした数ヶ月のことは、今や消し去りたい恥ずかしい過去なのだ。

 ジョルジオは、アンドレとはまた別のタイプで、アンドレほどのエリートでもなく、しかも今のところは専門学校生のため経済力もなかったが、陽気で温厚な彼と過ごす時間は、寧ろアンドレと過ごした時間よりも茉莉子にとって幸せだった。また、お互い外国生まれであることからも、異文化についての会話も波長が合った。こうして、いつの間にか、二人はお互いを大切な存在として認識するようになっていた。因みに、ジョルジオが髪を短くしている理由は、頭頂部の髪が薄くなってきたからだそうだ。それでも無駄のない引き締まった体型と、趣味のよい服のセンスのお陰で、カモフラージュのつもりで極限まで短くした髪も、ファッションの一部として様になっていた。茉莉子は自分にとって「理想の人」や「苦手な人」のタイプを最初から決めてしまってはいけないということを改めて実感した。


 その年の十二月中旬、忘れかけていたところにまたリチャードからクリスマスのご挨拶の葉書が届いた。去年と同様、白紙にカラーペンで描いた粗末な絵に紙を貼った手作り葉書だ。
「うわっ、まずい。こんなのジョルジオに見つかったら…。」
茉莉子はリチャードからの手作り葉書を細かく手で引き裂いて、ダンプスターに捨てた。茉莉子は過去の話として、アンドレのことはジョルジオに話していたが、リチャードのことは話したことがなかった。最早リチャードとのことは、「アンドレとの別れのショックから、自己を見失ってしまったがために見てしまった奇妙な夢」として、もともと事実としては無かったことにしてしまいたかったのだ。幸い茉莉子は誰にもリチャードの存在について話したことが無く、共通の知り合いもいなかったので、人伝にジョルジオにリチャードのことが耳に入ることはまずなかった。尤もリチャードのことなので、「以前にマリコという女性と過ごした時期があった」と、本名を挙げて今後誰かに話すことはあるかも知れないが、マリコという名前は日本人として特に珍しくないので、この話を聞いた人が茉莉子と偶然会うことがあっても、まさかリチャードの話に出てきた「マリコ」と同一人物だと同定はできないだろう。唯一恐れるべきは、万一リチャードが茉莉子に対し直接行動を起こし始めた場合だ。


 翌年の夏、ジョルジオが専門学校を卒業し、新しい就職先を見つけたのをきっかけに、二人は入籍し、コンドミニアムを購入することにした。古い荷物を整理していると、リチャードにフリーマーケットで買ってもらった青い熱帯魚の置物が出てきた。
「こんなの、オークションで売っても誰も買わないだろうな…。」
茉莉子は、熱帯魚の置物を、近所のスーパーの横に停めてあったグッドウィル(リサイクルショップ)のトレーラーの中にこっそり置いて立ち去った。
 本棚からは、アンドレと別れたとき、将来が不安になって買った本「シングルマザーという選択」が出てきた。
「待っていれば出会いの機会なんて訪れるんだから、何も焦ること無かったんだ。」
この本は、古本屋に引き取ってもらうことにした。
 茉莉子は、改めて、リチャードとの間に起きたこと全てを後悔した。もうこの先出会いの機会が無いことを恐れ、焦ってローカル掲示板に広告を出し、その結果リチャードと数ヶ月逢瀬を続け、体こそは最後まで許さなかったものの、家に泊めるところまで許容してしまい、リチャードをその気にさせて…。こんなことをする日本人がいるから、「日本人はだまされやすい」「日本の女は軽い」などというレッテルを貼られるのだ。自分のしたことは、日本人の恥晒し以外の何物でもなかった。焦らなくてもただ待っていればジョルジオと出会うことができたのに、焦ったばかりにこんなに恥ずかしい過去を作ってしまった。できれば、この過去は全て無かったことにしてしまいたい…。


 十二月のある日、茉莉子が仕事から帰って新居の郵便受けを開けると、前の住所から転送されてきたリチャードからの粗末な手作り葉書がまた今年も入っていた。
「しつこいなあ…。それにしても、ジョルジオに見つからなくてよかった!郵便の転送サービスも一年で終わりなはずだから、これで最後だろう。」

 
 翌年十月、茉莉子はホリデーシーズンを目の前に、もしリチャードが茉莉子に今年もクリスマスカードを送れば、今度こそ茉莉子の元へは転送されず、リチャードの元に返されることを前もって確認するため、米国郵便局のホームページを調べた。しかし、実は茉莉子は手紙の転送サービスについて誤解していたことを知った。住所が変わって一年間は、古い住所に届いた手紙は新しい住所にそのまま転送されるが、一年から一年半後の間は、新しい住所の書かれたステッカーを貼られて差出人の元へ返されることになっていたのだ。これでは、リチャードに新しい住所を知られてしまう。何とかしなければ!
 茉莉子は米国郵便局のホームページから、カスタマーサービス宛てにメールを書いた。
 
「ホリデーシーズン毎に私にグリーティングカードを送ってくる人がいて困っています。去年の九月に引っ越したので、もしこの人が私の古い住所宛にカードを送れば、彼は私の新しい住所を知ってしまうことになります。これを何とか食い止めることはできないでしょうか?」

 カスタマーサービスから以下の返事が来た。

「残念ながら、その人に新しい住所が知られることを食い止めることはできません。住所を変更した段階で、Restraining order(接近禁止命令)を提出した証拠があれば、特定の人からのメールの転送サービスを阻止することができるのですが、今からでは遅すぎます。ただ、もしかしたら旧住所の最寄の郵便局に連絡をすれば何か方法があるかもしれません。」

「そんなあ…。」
茉莉子は、今更遅いとはいえ、接近禁止命令を出して、リチャードを一方的に犯罪者扱いすることには抵抗があった。リチャードとのことは、原因を作ったのも問題を悪化させたのも自分に非があったことは自覚していたし、それにそのようなことをすればリチャードが何らかの行動を起こすきっかけを作ってしまう。そうなると今一番困るのは、ジョルジオにもリチャードとの過去を知られてしまうことになることだ。過去の恋愛経験は、日本にいた頃のことから、アンドレとのことまで全て話したことになっている。しかし、ここで、リチャードとのことがばれたらジョルジオはどんな顔をするだろう。茉莉子自身はリチャードのことを「恋愛」とは考えていないが、毎週のように会って、体は許さないまでも自分の家にまで宿泊させていた男がいたことをジョルジオが知ったら、快くは思わないはずだ。それ故に、リチャードを刺激せず、できるだけ自然消滅に近い形でリチャードからのコンタクトを断絶させたいのだ。

 翌朝、茉莉子は旧住所の最寄の郵便局に電話をかけた。女性のオペレーターが電話に出た。
「郵便局です。」
「あの…、質問があるんですけど…。去年の九月に新しい住所に引っ越したんですけど、旧住所に届いた手紙の転送サービスをキャンセルすることはできますか?といいますのは、今誰かが旧住所宛に手紙を出すと、その差出人に新住所が通知されることになると思うんですけど、どうしても新住所を知られたくない人がいるんです。」
「ああ、それは困りましたねえ。少々お待ちください。貴方の登録情報を確認しますので。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「Mariko Ueda。ラストネームは、UnionのU、EdwardのE、DavidのD、AppleのA…。」
「旧住所は?」
「1576 ファーストストリート…。」
オペレーターの女性は、コンピュータに記録された茉莉子のデータを探した。
「ありました。昨年の九月に住所変更されましたね。でしたら、今から郵便物の転送サービスをキャンセルいたしますので、これで旧住所に届いたメールには、『新住所不明』というステッカーが貼られて、差出人の元に返されることになります。」
「ありがとうございます。助かりました。」

 
 茉莉子は、念のため様々なピープルサーチサイトを見て、自分の情報が登録されていないことを確認した。尤も、結婚して苗字が変わってしまったし、Marikoという名前は日本人では珍しくもないので、ピープルサーチでリチャードがもし茉莉子の情報を見つけたとしても、簡単にそれが茉莉子本人であるか同定することは難しいだろう。それでももしリチャードが茉莉子の新住所をあの手この手で調べてきたら、最早ストーカー、立派な犯罪者だ。もしそうなったときは、今度こそ本当に接近禁止命令を出そう。

「きっと、これで大丈夫だよ。」
茉莉子は、ふっくらしてきた下腹をさすりながら言った。茉莉子のお腹の中には新しい命が芽生えていた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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