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続 銀狼犯科帳A(ぎんろうはんかちょう) 作者:早乙女 純

第8回   江戸城大広間
 江戸城大広間




 老中・松平伊豆守信綱、側用人・中根正盛と定行は対座している。
 老中・伊豆守の膝の上には分厚い報告書が綴じられている。


「久松隠岐守、今回の朝鮮と日本の問題を見事解決しあっぱれじゃ。将軍家綱公に代わって御礼申し上げる」
「其(それがし)は任務をまっとうにしただけの事」

「隠岐守、誠に心強い言葉に感動を覚える。それならば話は早いが、長崎探題の重責を今後とも頼むな」
「降板願いを再三提出しております。お読みになった通り加齢にて、とても重責は務まりませぬ」

「はて?、加齢を理由に降板するとは異(い)な事を言う」
 膝の上の報告書に目をおとす。

「隠岐守は血気盛んで品行方正、長崎探題はこの方以外に適任はないという報告をこんなに受けている」
「所詮、事務方の報告は机の上での見た目。実情を知りますまい」

「うむ」
 老中・伊豆守は分厚い報告書の一枚に目が止まる。

「薩摩藩身台所、島右近の娘・唯からの報告を書き留めておるが、なかなか隠岐守は健在でござるな」
 定行は言葉に詰まる。

「いや心配御無用。隠岐守の生真面目さがよく現れており、まさしく品行方正。幕府の遠国奉行のお手本にすべし」
 と自分で勝手に頷く。

「改めて隠岐守に引き続き長崎探題の役を命じる」

「加齢にてお断り申し上げる」

「これはまいった。適任者が任を断られては幕府もたまった物ではない。元服前の若干十二歳の若君に加齢が理由でござります、と、この報告書を一字一句見逃さず読みあげねばなるまい。辛いの。この報告書にはお千代と小六を矢上の関所で通した経緯を事細かに書いておる。何々、隠岐守から夫婦でないと通れないなどという申し出が・・・。うーん」
 
 定行は低いうめき声を上げ体震わせた。
 まるで狼の遠吠えである。

「そうか引き受けてくれるか隠岐守」
「・・・」
「いや目出たい。今日は五月晴、いや実に楽しい日になりそうじゃ」
 と伊豆守は御満悦になる。

           (完)

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