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続 銀狼犯科帳A(ぎんろうはんかちょう) 作者:早乙女 純

第6回   一柳炎上す
一柳炎上す




「ちくしょう」
 定行は着物を裾をまくり上げて後ろの帯びに挟むと軽快に走っている。
 腰の刀が重たいと鞘ごと右手に掴んで炎が上がる一柳に到着した。
 
取り上げた馬は、定行があまりにもせかすので途中でつまづき倒れた。
定行は悠々と歩く上総ら四人の後ろ姿に舌打ちしながら、土場に倒れている女将を抱き上げる。

「もう大丈夫だ。しっかりしろ」
 女将が意識を取り戻した時、一階と二階の階段から火の手が大きく上がった。
「火事だ。みんな手分けして消せ!」

定行はそう叫びながら階段を昇ってゆく。
奥から板前の与平、仲居ら二人が現れて悲鳴上げる。
「おい、おていら。風呂の水を桶で手分けして持ってこい」
 
三人は奥に消える。
 定行は着物袖で壁の火を右手で消す。
 定行は熱そうに右袖の焦げつきを払う。

「あ奴は東郷藤兵衛!、道理で見覚えあるはずだ」
 藤兵衛と小六は千代を囲む形で若侍五人と女芸人二人やくざ者三人と対峙している。
「藤兵衛が相手なら大丈夫だ。儂は火消しに回るか。それにしても大友の若はどこだい?」
 
大原は最初の応戦で襖と共に倒れて気絶している。
「激しいぶつかり合いがあったと申せ、松山藩船手組大番頭・大原の名が泣くわい」
 定行は与平が投げた桶を受け取り、大友の袖に移る火に水を頭からぶっかけ、勢い余った桶をやくざにぶつけた。

「藤兵衛!、火事だ。おめえは勝負に専念しな。俺は火消しに力を入れる」
 定行が叫びながら乱入し、振り向いて襲いかかる渡世人は鞘の先で三人を突き倒す。
「藤兵衛、小六よ。もうこれ以上殺すなよ。弁償させるための生き証人だ。よいな」

 と定行は渡世人を鞘の先で動けなくなるまで後頭部を突く。
「殿!」
 大原は目覚めると、開口一番そう叫んだ。
 
今度は大原を包みこんで部屋全体を濡らすように定行は水をかけた。
 掛け終えた桶は階段下の与平に落とし、代わりに次の桶を二階に与平が放り上げる。
 外で警笛が聞こえ、遠山らの探題勢と町方の五十人が一柳の玄関に突入した。
 
気を取られた刺客の五人に隙が生まれ、定行が包囲の輪の一角を鞘でこずき倒した。
 女二人は窓を開け、屋根から逃げる。
風が入れ替わりに吹き込み二階の火は襖に広がる。

「おい天井に広がったら終りだ。早く加勢しろ」
 定行の号令に、そのまま階段を昇って気絶ないしは動けない輩を捕縛する隊と人海戦術の火消し隊と自ずと別れ、ある意味で一柳開業以来のにぎわいを越えた。
 
 遠山らの突入と入れ違いに、定行はお千代を手招きし階段を庇いながら下りてゆく。
 一町(百メートル)先で女の悲鳴と地面に何かが落ちる音がした。
 町方の眼つぶし白い蕎麦粉が足元を狂わせたらしい。
 
 下では半狂乱の女将が必死で桶を流れ作業で渡している。
「女将、安心しろ。この敵討(かたき)ちは倍にして返したる」
 と定行は突入した町方の数人に千代を預け、再び桶を持って助太刀に戻る。
 
 襖という襖が火か決闘で破れるか倒れるかで見晴らしよくなった二階で藤兵衛と小六は言付を守って峰打ちで刺客をまた一人また一人と気絶させてゆく。
 定行は藤兵衛と対峙している侍を背後から鞘で張り倒した。
 
 だが定行の側面に隙が出来き危なくなった所を大原が峰打ちで失神させた。
 間髪なく探題の攻め手が刺客らを畳に押し付け両手を羽交い絞めにする。
「よし一件落着」
 

 定行に笑顔がこぼれた。 
「もしや貴方様は長崎探題、久松定行様」
 藤兵衛が聞く。

「そうだ。じっくり聞かせて貰うぞ」
 定行は悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「朝まで、じっくり素性改めじゃ。覚悟しろ」

「これはかたじけない。恐悦至極」
 定行は遠山に向き直り、
「千代らを立山まで丁重に案内してあげろ」
 と指示し、部屋を見渡す。


「だめだ。半焼だな。使い物になんねぇ」
 と一柳の行く末を案じた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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