■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

続 銀狼犯科帳A(ぎんろうはんかちょう) 作者:早乙女 純

第3回   船宿「一柳」
 船宿「一柳」
          


 壱




「あら旦那。お帰りなさいまし」
 定行一向が朝一番に船宿「一柳」に着くと女将が明るい声で歓迎した。
 女将が横の女性達を見て口ごもる。

「ああ、わしの知人だ。そそうないように数日泊めてやってくれ」
「畏まりました」
 女将はたらいを出して足を洗わせると、小六や千代・唯らを二階の個室に案内する。

「旦那はどうなさいます」
「一息ついたら行く処がある」
と言って、いつもの部屋で大の字になる。

「うん?」
定行がムクッと起きる。
妙に顔色悪い浪人が二階に上がってゆく。

「はて?、どこぞで見たような・・・」
一方、襖隔てた隣の千代は、何か思いつめたように六畳の部屋に籠っていた。
隣室の小六は背中に縛っていた袋を解き、何か金細工を始めた。



             弐



昼前、定行は丸山・船宿「一柳」の暖簾をわけて外に出る。
「なんか雰囲気が良くないな」
 定行は「一柳」の通りにいる渡世人がたむろしているのを嘆いた。

「旦那、あたしも同行します」
 唯が遅れて付いて来た。
「おめえ、ここにいろ。儂一人で行く処があるんだ」

「どこ?」
「どこだって良いだろう」
「いいえ約束通り丸一日、お傍にお仕え申し上げます」

「勝手にしろ」
定行は唯に気もとめずに西町奉行所を越え、オランダ出島の見張り番をすんなり通過し、出島内に入館出来た。
 


「オオ、コレハ、ヒサマツ様」
オランダ商館長第二十三代レオナルド・ウイニンクスは両手を挙げて歓迎した。

黒潮が東北に流れる六月に荷を降ろしたら、西南に潮流が向き変わる九月に出帆し次は来年の六月にしか入港出来ない。
 
つまり一年の九ヶ月は暇をいかにしのぐかが問題であり、しかも出島から出られないので遊びも限られている。
退屈なカピタンへの出島訪問は乾いた心に灯をともす。

「ヒサマツ様、一緒にお昼を召し上がりませんか」
 レオナルドは唯にも目礼する。
「いや、御無沙汰しているから顔を出したまで気をつかわなくて結構」

「いえいえ。折角ここまで参られたのですから遠慮なく、我らのランチをご一緒に」
 レオナルドは商館長室を案内する。
ガラス窓の外には、出島の水門が見え、肝心の大きな帆船は意外にも遠く長崎湾の北岸・西泊遠見番所と対岸の梅ケ崎(大浦)を結ぶ中間で錨をおろして洋上停泊していた。
 
長崎探題は西国の海防のために幕府が特別に設けた臨時職。オランダ船は湾の沖で停泊し、異国船は常時、野母岬・端島(のちに軍艦島に改名)・伊王島で監視船を出して警戒し、その任にあった。
 
ひとたび異国船が来襲すれば長崎探題の鶴の一声で、黒田・鍋島など一万五千を動かせる権限と大阪城の兵籠米を使える。
 
余談なれど現代の梅ケ崎(大浦)には長崎税関と長崎海上保安庁がある。
「殿様、阿蘭陀船が沖に停泊しているのですネ」
「ハイ奥様。出島ハ、浅瀬デ停泊デキマセン。出島カラ、小舟デ往還シテイマス」

「こいつは妻ではない」
「コレハ、失礼ツカマツリマシタ」
 レオナルドが頭を掻くと、白い卓袱に銀皿が並んだ。

「すまんな。まるで昼の刻を狙ったようで」
「イエイエ。退屈シテマシタカラ」
 唯は物珍しいランチというパンやバターを摂取しながら久松と言われた御隠居の正体を反芻していた。

「これは?」
 唯は出されたコーヒーという飲み物に興味が湧いた。
「我ラハ、毎日三杯はカカサズ飲ンデオル、コーヒーデゴザイマス」

「コーヒー?」
「唯、やめとけ。その黒い茶は苦(にが)過ぎる」
「美味しい」
 
唯の言葉に定行は驚いた。
 過去に口に含んだだけで飲みこめなかったのだ。

「奥様、オキニメサレテ幸イデゴザリマス」
 レオナルドは気恥ずかしいほど低姿勢だった。
 
 この年、エゲレスはニューアムステルダムという後にニューヨークというマンハッタン島を横取りし第二次英蘭戦争が勃発した。
 
 そのためオランダは徳川幕府が嫌うポルトガルと密かに休戦協定を結んだ。

 それゆえに清朝マカオを拠点としてポルトガル資金で作られた商品を唐船が長崎に入港してもオランダ風説という報告書にも語らなかった。
 
 逆に黙っていても、いつ清朝商人の気分次第で暴露されるか気がきでない情勢でもあり、レオナルドは長崎の唐人にも嫌われないに気を配った。

「失礼ツカマツリマス。ヒサマツ様はワイン好キデゴザイマシタ」
 とレオナルドは白いタオルで包んだボトルをグラスに注いだ。

「なんか優雅で私は、ずっと出島に居たいわ」
 レオナルドは嬉しそうに目を細めた。
  



              参



 日暮れ後、定行らは一柳に帰り、一階と二階を結ぶ階段奥の母屋みたいな部屋で女将を酒の肴にして酔いつぶれた。

「女将、あの二人はどうしたい?」
「お二人は各部屋で、それぞれ引き籠っておりましたよ」
「なんだい陰気臭い、女将呼んで来な。一緒に飲もう、とな。苦労して長旅し、今夜が一柳という船宿で手足を伸ばして横になれる御目出たい宵の口なのに」

「旦那、長旅なら尚更そっと、しときましょうよ」
「うんまぁ仕方ないか」
と定行は銚子に口をつける。

「それにしても一柳の今夜の客は陰気だなぁ。まるで誰もいねぇみたいじゃないか」
と、定行は顎をしゃくり上げて二階を暗示させる。

 階段傍の二階の部屋に、町娘の三人組が宿泊している。
 町娘の部屋の横に千代が一人、その横に小六。その横に大道芸人の五人。

 さらに奥に、陰気で日焼けした浪人が一人、あまり食事も摂らず銚子に口をつける程度で昼からチビリチビリとやっている。
 
 渡り廊下を隔てた向かい部屋には、逆剃り奇麗な藩士が八人。六畳二つ部屋を借りているが、男特有の歓声も上がらず食事して風呂に入り静かに寝入っているという。

「まったく妙な宿泊客だ。満室繁盛という人の気配がない」
 女将の顔も曇る。
「女将、今夜は泊るぞ。よいか」

「はい」
「おいおい勘違いするな。用心棒としてだ」
「はい」
 女将は微笑する。
 


           四



 鶏声と共に起床した定行は一階の中庭近くにある厠に行く。
 一柳の中庭は二十畳ある広さで白砂に苔むした岩で瀬戸内海の海を表現している。
 その庭を囲むように渡り廊下があり、廊下の端に寂しく厠がある。

 厠ですれ違った若侍に定行は挨拶するが無視される。
 定行は舌打ちしするが、さらに厠から出て来た顔色悪き浪人には気さくに挨拶され気をよくする。

「どこかで見た男だ。手の豆は示現流か。奴らは薩摩という貧しい藩で剣術修行と傍ら金細工や蒔絵内職で生きてると聞く。頭が下がるわい」
と定行は言ったものの、女将の豪華な朝食に歓喜する。

「女将の味噌汁は日本二だなぁ」
「なんですか日本一じゃないわけで」
「日本一は松山の東野茶屋で食べる久万味噌じゃ。しかし女将の味噌汁も最高ぞ」

「なんか嬉しくないような」
「贅沢言うな」
 と定行の弁に女将が笑うと小六が畏まって入室を求めた。

「なんだい、こりゃあ」
「旅のお礼に今日、作ってみました」
「こんな奇麗な代物を一日で作れるのかい」

「手前味噌でございますが・・・」
定行は白い簪が所々金色に光るのを不思議に眺めた。
「ていしたもんだ」
 定行は笑う。

「小六よ。千代とは、どういう関係だい?」
「野暮なお尋ねはお許し下さい」
 小六は困惑した。

「そりゃあ儂(わし)も六十八じゃ。聞かなくても察しはつく。一見、駆け落ちした大店の娘と出入り職人の関係に見えなくはない。ならば人目を避けて江戸を離れるのも頷づける。だが千代の髪結いは町女でなく武家だ。気になるのはそれだけじゃない。宿ったお宝は、お前の子ではなさそうだな」
「・・・」

「悪いようにはしねぇ。わしに経緯を聞かせてくれねぇかい」
 小六は深々と平伏し謝った。

「まぁ良い。番屋みたいな取り調べは大嫌いな性質(たち)だからな」
 定行は立ち上がり刀を帯びに差す。
「女将、今日も市中を散歩してくる」

 定行は暖簾を分けて表に出る。
 すると驚いたように渡世人六人が蜘蛛の巣を突いたように散って何くわぬ顔で路地を歩き出す。
 
 定行は長唄を鼻歌交じりで口ずさんで出島のある市中の北側へと歩いてゆく。
 途中の飯屋の札がかかっている軒先で、
「殿」
と遠山九左衛門に呼びとめられる。

「あぁ疲れた。ここで一休みするか」
と暖簾を分け行って遠山と大原設楽(しだら)沢右衛門の坐っている横に腰をおろす。

「遠山、至急頼みてぇ事がある。これから名を出す三人の素性を探れ」
「藪から棒に、空を掴む話しですな」

「諫早から長崎の道中、江戸から来たという千代と小六という男女を連れて危険な思いをしてな。三味線持った娘二人に居合い斬りで襲われた」
「なんと、そんな一大事なら昨日の朝に駆け付けましたものを」

「それは構わん。さらに儂の懐中を盗むと宣言した唯を調べてくれ。奴は自分がスルのを失敗したら一日ご自由にして良いというのでな」
「・・・」

「遠山、強引にお近づきになる切っ掛けがほしかったのであろう」
「左様で」
「まずスリにしちゃ髪を束ねる糸が一本。その世界の女じゃない。腕に自信ないから、わざと捕まって儂の素性を知りたかったんだろう。きっと」

「なるほど。とは申せ、江戸は広く、どこから探れば良いのか見当もつきませぬ」
「なら、これはどうだい」
 定行は小六から貰った簪を遠山に渡した。

「珍しい簪でございますな、丸い金属部分に蒔絵が施され銀メッキされておりまする。江戸でよく見る簪は金属そのままのビラ状か金属を虫や花びらに似せた装飾が施されているだけ」

「そうメッキだ。小六は旅のお礼だと昨日一日で、有り合わせの材料で、こんな奇麗な代物が作れる。大したものだ。さて次は千代の番だが、あの娘、日本橋の小間物商を営む大店の娘だと云った」

「小間物商なら京橋では?」
「儂もそう尋ねたが千代は悪びれず日本橋と云った。あの様子じゃ日本橋に小間物専門の大店がないのに気付いていない」

「千代も曲者でございますな」
「いや逆だ。平素の癖で日本橋という記憶にある地名を言ったに違いない。なんとなく箱入り娘みたいな女でな」

「でも日本橋には小間物商はないですな」
「呉服店を手広くする越後屋や大丸などは小間物行商から財をなし呉服も扱うようになり今は数百人雇う大店になっただろう。日本橋の大店は呉服と小間物商は兼用だぞ。しかも大奥や大名など大口を相手にする」

「あながち嘘でもない。判りました。早速調べます」
「よし来た。それで大原よ」
定行は大原の方を見る。

「はい、なんなりと云いつけ下さいまし」
「おめえは儂が一柳に帰るまで宿泊して飯でも喰らっとけ」
「はい。それから他には」

 大原の問いに定行は顔を横に振る。
そこに必然として唯が定行を探しあぐねて現れるのを暖簾の間から垣間見れる。
「遠山、大原よ。良く見とけ。あれが唯だ」
 
 大原が意外な声を出す。
「意外と真面目な身なりでございますな」
「そういう事よ。人を見かけで判断するのもなんだが、奴は何か隠している。儂は今日も奴といて何か頼み事があるような気がしてならない」

「何か頼みたいのなら昨日申せたはず」
「こちらに力がなければ野暮蛇になると気安く切りすまい。ただ印籠から推察して儂の正体はうすうす気づいているようだ」

「長崎探題の久松定行公と知って、あえて近づくわけでございますな」
「あと宿泊している若侍も気になる。また厠ですれ違った時に手を見て示現流の侍もいた。薩摩示現流の創始者は内職で金細工と蒔絵を修行に京まで行っていると聞く」

「薩摩でございますか。いささか、やっかいな相手でございますな島津と久松は縁続き」
「そういう事よ。あいつ等挨拶も何もせん。言葉は発すれば御国言葉でどこの者か知れてしまうのを恐れている」

「御家騒動かもしれませんな」
「かもしれん。確証がほしい」
「としますと一柳に腕に自信のある若いのを十人ほど送り込みましょうか」

「だめだ。かえって気取(けど)られる」
「でも、こうして話している間にも千代周辺に小六だけでは心もとないではありませんか」
「いや日中は大丈夫だ、刺客は安堵して外出した隙に乗じて襲うだろう」
 
 定行は立ち上がり、外で探す唯に向かって歩き出す。
「殿、なら唯に云ってやったら話が早いですな。助けるから話してみろ、と」
「まったくだ。儂の妻は薩摩から嫁入りしてるから仲が良いという事も知るまい。親の子、子知らず、とは良く言ったものよの」
 
 定行は唯の前に立つ。









 飯屋を出た定行は、内町にある西奉行所を素通りし、稲佐にある悟真寺の境内に向かう。

「唯、付き纏うのは昨日一日だけだったのじゃないのかい」
「旦那、昨日は昼からの半日でしたから、まだ半日残ってます」
「それは律儀だ」
 
 定行は独り言を吐く。
「いつ、悩み事を打ち明けるかの」
 定行はじっくり語れる場所を選んで歩いてゆく。
 
 長崎湾は松の実のように先が尖り、西奉行所を中心に左右に分かれ左舷・丸山の対岸が右舷・稲佐辺りになる。
「昨日のように出島散策しないのですか?」

「隠居の濃が用もないのに毎日は行けねぇ」
「そうなのですか」
 唯は少し溜息をついた。
 
 彼岸には早いが定行は桶を持って坂を昇り唐人墓地に向かう。
「あっ」
 唯が声を漏らした。
 
 唐人墓地の途中から阿蘭陀人らしき名前の墓がある。
「唯。紅毛人も墓に入れるのは昨年からだ」
 と定行は伊予屋半三郎の墓に腰おろし手を合わせる。

「殿様は、ただの御隠居とは思えません。お立場をお聞かせ下さいまし」
「いよいよ来たかな」
 定行は独り言を呟きつつ、じらすことにした。

「わしはただの隠居。名乗るほどの者じゃない」
 と桶の水を墓石にかける。
「これは久松様」
 
 陳孔明は両手を袖に入れて拝礼し腰をおろす。
 陳も同じように伊予屋一門千秋の墓参りに来たようだ。
 唯は眼を見張る。

「殿様、どうして日本人の墓が唐人墓地に?」

「千秋は、この地で生まれたポルトガルと日本混血よ。一門が出島建設費用を出した乙名二十五名の流れで、兄弟姉妹が身代りに追放されると嘆願されて、特別に赦免し埋葬された。そして伊予屋は明復興の旗頭の鄭成功らを応援している。この陳は平素の厚遇に感謝して一門の墓参りをかかさずしている」
 と定行は陳を見る。

「滅相もありません。命日とか法要の日だけで」
 陳は顔を横に振る。
「そう謙遜するな。気にしているのはわしにも判る。して鄭成功の戦況はどうだい」

「はい、上海で体制立て直し再起を図るようで」
「そうかい。なら軍資金が一杯いるな」
「願わくば貿易額の枠を以前のように制限なくして頂きたい」

「だろうな」
「はい。以前は制限ない時は六万の長崎市中に一万人も華僑がおりましたが、今はだんだん減って千人前後になりつつあります。しかも華僑なら市中の船宿に長期滞在出来ましたから」
と、陳は上目使いに愛想笑いする。

「殿様、さきほどからの話、この唯にはさっぱり要領えません」
 定行は咳払いする。
「判らんのが良いのだ」

「でも鄭成功や軍資金の話題など、このまま知らないでは気になって夜寝られません」
「良いではないか」
「この娘さんは?」

 唯は陳に向き直りお辞儀する。
「唯と申します。初対面なれど、お願いの義あります。何卒この久松様という方のお立場をお聞かせ下さいませ」

 陳は唯の申し出に驚き定行の顔色を伺う。
 定行は顔を横に振る。
「久松様、お知り合いではないので?」

「陳、心配するな。ちょっとした縁だ」
「左様でございますか」
 と云ったものの沈黙が流れる。
 
 すると唯は頭を下げ、
「話の腰を折って申し訳ございません。先をお続け下さいまし」
 と促す。

「唯殿、ありていに申せば、日本で生まれ育った鄭成功という明の唐人が、国の復興を願って挙兵し清朝と闘っているのでございます。我らは、その資金を長崎で生糸を売って得ております」
 唯は大きく頷く。

「この久松様や地中に眠る伊予屋一門の方々が、明朝復興を支えて頂いております」
 陳は手を合わせる。
 唯は改めて定行に澄んだ瞳を投げかける。

「唯殿、北方夷狄の清朝より漢民族の王朝である明の方が王位継承という点で正当だと思いませんか。ですが今は力がある方が正義。それを心根の優しい久松様や幕府が陰に陽に支えて下さる。有難い事でございますな」

「心根の優しい久松様・・・」
 と唯は小声で反芻する。
「明は漢民族の国なのですか」

「そうです。遠く漢の時代、唐の時代と漢民族は万里の長城で夷狄を防いでおりましたが、それも突破され今日に至った次第。清が儒教の教えを歪曲し徳のない王朝から天命が下った王朝に継承する交代理論を打ち出しておりますが、まったく話になりません」
 交代理論と聞いて唯は動揺する。
 
 唯は遠くを見つめながら素早く頭を働かせているようだ。
 我が薩摩藩の御家騒動と被らせているようだ。
「清国は徳のない者に天命が降り王位継承すると申しているのですか」

「唯殿、その通りで」
「ならば教えて下さい。朱子学はいらぬ混乱を避け嫡男のみが王維継承するという考え、だと」

「いえいえ。朱子学は一見、嫡男が継承すると説いておりますが、次男であろうと側室の子であろうと徳と天の許す者であれば、構いませぬ。ただむやみに肯定すれば力で奪い取るのを許してしまう事になりかねない、と説いているのでございます」

「側室の子だろうと次男でも徳と天が許せば継承できる」
「はい。ただ天というのは曲者で、時勢も民の声も一過性に過ぎないかもしれませぬ故に、なかなか天命が下るとは思えませぬ」
 
 唯は考え、再び質問しょうとすると、
「唯。お前なかなか王位継承に御熱心じゃないか。今から硬い話する学者にでも弟子入りするかい」
 と、定行は熱くなった唯を冷やかす。

「殿様、おからかいなさらないで、私はただ真剣に同情し心配したのです」
「そうかい」
 定行と唯そして陳は墓参りを済ませ坂を下って行く。
 
 それから定行は中島川の河口で陳と別れた。
「唯どうした?。浮かぬようだな」
 中島川の河口付近に浮かべた小舟に魚釣りをする定行と唯そして櫓を漕ぐ水夫(かこ)がいた。
 
 中島川は定行一向が宿坊した善覚寺や市中を南北に分断する形で流れている。
「唯、悩み事なら儂が相談に乗ってやっていもいいんだぜ」
 定行は、ようやくそう伐り出した。
 
 定行が目を岸に向けると慌てて渡世人が五人、路地に隠れる。
「もしかして今夜かな」
 定行は唯と渡世人を見比べ、いよいよ薩摩の御家騒動の山が近いのを感じた。
 

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections