1
少年はテレビの前に陣取って座り、時計を眺めた。 「……はじまる!」 少年の声と同時に、テレビは明るいアニメーション画像に切り替わった。アップテンポの曲が流れ出し、画面上を数人の武装した人間が走り回っていた。そして、それとはまた違う種類の人間が飛び出し、いきなり武装した人間に殴りかかった。しかし、武装した人間はそれを鮮やかに躱し、素晴らしいコンビネーションで返り討ちにするのだった。 少年は大人しく座っていたのを突然立ち上がり、四方八方に向かってパンチとキックをくり出した。その顔は真剣そのもので、誰にも止められそうになかった。 一通り想像の敵をやっつけた少年は、息をついて自分の手を見つめた。
「リュー。晩御飯のお遣い行ってきてー」 台所の方から、女性の声が聞こえた。自分の手を見ていた少年、改めリュウは、「これ観てからねー」と答え、その場に再び座り込んだ。
ガチャ 「……」 「……」 「……」 パァン リュウは突然の銃声に振り返った。ドタドタと音がし、聞き覚えのない男性の声がちらほらと聞こえてくる。 「……お母さん?」 リュウは立ち上がった。テレビはリュウを無視し、どんどん展開していく。しかし、リュウも既にテレビのことを忘れたかのように、視線は真っ暗な部屋の奥へと向いていた。 「お母―……」 リュウの目の前に、真っ黒な格好の男が立ち塞がった。男の後ろに、水溜りができていた。 「……ねえ、お母さん。この人、誰?」 水溜りの上に横になった母親に、リュウは問いかけた。 リュウの目の前に立ち塞がるその男は、リュウに手を伸ばした。
2
男は目を覚ました。10代中頃の、若い男だった。白いローグに身を包み、ショートヘアの細い金色の髪を風に揺らしていた。 「……夢…」 男は体を起こし、額の冷たい汗を服の袖で拭った。 男が寝ていたそこは広場の一角で、大きな樹が、寝るには最適な心地よい影をつくっていた。 男がため息をつくと、 「化けもんが出てくる夢でも見たのか?」 背後から別の男の声が聞こえた。自分以外の人間が近くにいると思っていなかったローグの男は、はっとして振り返った。 「はは。驚かせちまったか? 悪気はなかったんだが」 そこには、深緑色のバンダナを頭に巻き、腰に刀を吊るした男が座っていた。歳は自分より3つほど上だろうか。若さは窺えるが、どこか威厳を帯びた表情をしている。 バンダナの男は笑いながらローグの男にパンを差し出した。 「朝飯まだなんだろ。一緒に食おうぜ」 ローグの男は訝しげに眉を顰めた。 「なんですか? 僕に何か用でも」 バンダナの男はパンを引っ込めて、寂しそうに自分の口へ放った。 「まあ、そう、警戒するな。……初対面でこうも馴れ馴れしいと、疑いたくなる気持ちも分かるが」 「……」 「俺の名前はヒューム。今すごく、盗賊団をつくりたいんだよね」 「……盗賊?」 「ああ。だからさ、お前も暇だったら、俺の仲間になってよ」 にっこりと笑んで、ヒュームは言った。二人の間にさわやかな風が吹き、ヒュームのバンダナを靡かせた。ローグの男の視線は、真っ直ぐにヒュームの瞳の中を見つめていた。 「…………は?」
3
「嫌だ。僕はそんなに暇じゃない」 ヒュームと、ローグの男は街中を歩いていた。並んで歩いているわけではなく、どちらかというと、ローグの男が逃げている、と言った方が近いかもしれない。 二人は早足で、縮まりも広がりもしない一定の距離を保ち、どこへとなく向かっていた。 「かなり暇そうに見えたけどなあ。少なくとも、今日はやることねえんだろ? 一日ぐらい俺に付き合えよ」 「断る。あんたに付き合ってやる義理はない」 「そう冷たいこと言うなよ―…」 突然、ローグの男は立ち止まった。それに合わせてヒュームも立ち止まる。 「…お?」 「……あんた、盗賊になってどうするつもりだよ。自分が最強だとでも思ってるのか?」 ローグの男は振り返らずに言った。ヒュームは口元に笑みを浮かべた。 「もちろん。誰にも負けない自信がある」
4
街中に大きな銃声が轟いた。周りの人間は驚き、どこからか叫び声も聞こえた。 街中の人間の視線が、ある一定の場所へと集中していた。ヒュームとローグの男が対峙しているその場所へ。 「……おお、おお。可愛い顔して危ない物持ってんなあ」 「……最強なんだろ? 僕くらいどうってことないよね」 ヒュームに向かって突きつけられた、ローグの男が持つ銃の先から、細い煙が上った。ヒュームの、風に靡くバンダナに、小さく穴が開いていた。 ヒュームはポケットに両手を突っ込んだ。 「一つ聞く」 「……何?」 「お前、名前は」 ローグの男は、一度ヒュームの腰に下がった刀を見て、そしてヒュームの顔をじっと見た。 「リュウ」 引き金に指をかけ、力を加えた。 「聞きたいのは、それだけ?」 ヒュームはポケットから左手を取り出した。 「……リュウ。俺は絶対お前を仲間にする」 街中の人間が見ている中、再び銃声が轟いた。
5
幼かったリュウにも、母親が死んでいることくらい理解ができた。 水溜りだと思ったそれは、実は母親の血で、その血は人の故意によって流されたものだということも理解した。そして、今自分の目の前にいる男が、悪者だということも。 「おーい。こんな所にガキがいたぜ。多分この女のガキだろ」 「ああ? 面倒くせえなあ……もういいや。殺しとけ殺しとけ。一人殺すのも二人殺すのも一緒だろ」 「そうだな」 視界を大きな手で塞がれたリュウは、その手を退かそうと必死に抵抗した。 「くそ、このガキ、暴れてんじゃねえよ…!!」 「……おい。そのガキ、一応“あの人”の血引いてんだから、ひょっとすると将来デカくなるかもれねえぞ」 リュウは抵抗しながらも、男達の会話をしっかり聞いていた。 「ははっ。今からそうなるよう育てるってか? 冗談じゃねえ! 誰がこんなクソガキ」
テレビのヒーローは、どんな悪党にも負けなかった。ピンチになっても、かならず勝てる。それは、自分がそういう運命を背負って生まれてきたのだから。負けちゃいけない、負けるはずがないのだ。
パアン 「なっ………!」 「お、おい、ちょっと待―…」 パアン 「く……クソガ―……」 パアン 「…この…や…ろ………」
リュウは小さなその手で、返り血で真っ赤に染まった銃を大事そうに抱いた。自分の服にも、顔にも、真っ赤な血がてんてんとついていた。 「……ぼくだって…ぼくだって………」 リュウが抱えるその銃は、今は死体となってしまった男の腰に仕舞われていた物だった。 「ぼく…だって……ぼく…だっ…て………」 リュウの目の前には三つ、死体が転がっていた。黒い服を着た男が二人と、エプロンをした女性。女性は、皮肉にもリュウの方を向いていた。 リュウの頬を、涙が流れた。
6
「―…おお! よかった! 生きてたか!」 リュウが目を覚ますと、目の前に暗い影が出来ていた。影の奥は目が痛くなるくらいに眩しい。リュウが目を細めると、その影はどいて、視界いっぱいに眩しい太陽の光を浴びせた。 「……僕は…」 「気絶したんだよ。粋がってた割には弱ぇじゃねえかこの野郎」 リュウは目を見開いて起き上がった。 「僕が……負けた………?」 「ああ。ボロ負け」 「嘘だ…………」 「嘘も何も、この状況見て冗談じゃないってことわかってよ」 リュウはヒュームを睨みつけた。ヒュームは「参ったな…」と呟いて、こめかみを掻いた。 「でも、お前が強いのは本当みたいだな。今回は、ただ俺がそれを上回っただけ」 リュウは自分の銃がヒュームの後ろにあることに気付いた。目を細めて口を噤む。 「……なあ、リュウ」 「気安く呼ぶな」 「……もう一度だけ聞く」 ヒュームは自分の方を見てくれないリュウの顔をじっと見つめた。 「俺と、盗賊やらねえか?」 リュウはその場に倒れこんで、空を仰いだ。
7
ヒュームの刀は、人間の血で色が変色していた。刃も欠けていて、どこか弱弱しかった。 鞘もボロボロだった。所々に穴が開いていて、何度抜き差ししたのか計り知れないことを思わせた。 それでもヒュームは、刀を買い換えようとはしなかった。 「そろそろ鍛冶屋にでも持って行くか」 そう言いつつ、暇はあるのに持って行ったことは一度もなかった。 「そのうち使い物にならなくなるよ」 「いいんだ。別に。その時は素手でやるから」 「……気楽だな。ていうか、能天気」 リュウは呆れて、その場を立ち去った。 リュウが立ち去った後、ヒュームは鞘から刀を抜き、それを太陽にかざした。 「能天気……か」 暗紅色の峰は輝きがあるとは言えず、妖刀のようにも見えた。 「…そういえば“アイツ”、どうしてんだろうなあ………」
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「盗賊っつっても、具体的に何するの? 盗賊団っていうくらいだから、人間も集めなきゃいけないんだろ? あと、名前は? 考えてんの?」 「……そういっぺんに聞くなよ…俺はそんなに頭がいい方じゃないんだ」 「分かってるよ、そんなこと」 リュウがさらりと答え、ヒュームは居心地悪そうに頭を抱えた。 「名前は後々考えていくとして……まずは、そう、仲間だな。たった二人じゃ盗賊団は名乗れねえ」
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