「――どこ行った?」 ドア越しに男声が聞こえた。 「どっかに入ったんだろ」 「何しに来たんだ? 銃持った女なんだろ?」 「サツか」 「佐伯のところだったら厄介だな」 「どちらにせよ、コージさん目当てだろうな」 ――佐伯? どうやら4人だけらしい、潜めた男たちの会話に出た単語は、おそらく夕彩の依頼人の名だろう。穎谷浩弐目当てとすると合点がいく。もしかすると、他のグループの人間かもしれないが。 何にせよ、現状をどうにかしなくては。廊下にいる男たちをどう突破するか…… 「このままだと、迂闊に出られないね」 言わずとも知れた事を、わざわざ夕彩は口にした。 「わかってるわよ、そんな事」 「ここ、何か変な匂いしない?」 「そんなの関係ないでしょ」 「さて、どうやって出よっかね」 里亜の嘆息が空気をこすった。まるで独り言だ。夕彩には会話をしようという気がないらしい。 「――なあ」 「何だ?」 「ここって、ナオの部屋だよな」 「ああ」 「カギが閉まってる」 ドアの向こうで息を呑む気配。同時に、里亜の足元へ何かが飛んで来た。夕彩が飛ばしたものらしく、何度も指差すジェスチャーから察するに見て欲しいらしい。屈んだ里亜がつまみ上げたそれは、NAOと書かれた名刺だった。 ――ズガンッ!! 銃声はドアを突き抜け、夕彩の脇にあった枕に穴を開けた。 「あっさりバレたみたい」 身じろぎ一つするでもなく、夕彩が立ち上がる。 ――強行突破しかないか。 諦観めいたため息で里亜は腰を上げるや、振り向きざまにドアを引き開いた。 ――ガンッ! 眼間にいた男の右肩に引き金を引く。 「ぐあ!」 突如現れた里亜と銃声に怯んだ男の左足にもう一発――ガンッ!――左足で踏み込み、崩れた男の顎を蹴り上げる。首が伸び、壁に後頭部を打ち付けた男は白目を向いて地に沈んだ。 「女ァ!」 敵意丸出しの怒声が右耳を震わせる。 ――ガガガッ! バックステップで部屋に飛び込んだ刹那に眼前を銃声が薙ぐ。 「あっ!?」 里亜の予想は当たったらしい――マシンガンの男が悲鳴じみた声を上げる。 ――バカバカしい。 至って冷静に、里亜は廊下へ飛び出すやマシンガンの男に銃撃―― ――ガンッ! 弾かれた右肩から血が噴き出しマシンガンが転がった。 「慣れないもんは使うもんじゃないわ」 傷口を押さえ睨みつけて来る、やぶ睨みの男にマグナムを構えたまま、里亜は冷ややかに言った。 「痛ぇよぉ」 弱々しい声を振り向く。里亜を挟んだ反対側に、先のマシンガンの流れ弾を食った長髪の男が血まみれになって倒れていた。その向こうではニキビ面の男が腰を抜かしてへたり込んでいる。げふっ――長髪の男が吐血した。着弾した腹部のシャツは真っ赤に染まり、押さえる手はぬらぬらと光っている。 「な、何者だよ、おまえ」 銃口の先で、畏怖から絞り出す声。睨み付ける目は、しかしすでに戦意を喪失している。 「穎谷浩弐がここにいるって話を耳にしたんだけど」 淡々たる里亜の言は男の顔色を変えた。 「誰の差し金だ?」 「――誰だっていいじゃない」 今さらになって夕彩が出て来た。虫の息になって転がる長髪の男を気味悪そうに見下ろし、 「穎谷浩弐はいるの? いないの?」 殺意に満ちた瞳を上げた。ゾクッ――彼女の目を見ただけだというのに、里亜の背筋を嫌な感触が撫で上げる。真っ向から見据えられた男は首筋を引き攣らせ身を引いた。 「もう一度しか聞かないよ?」 「――ここにいるぞ」 夕彩を遮ったのは地を這うような低い声だった。階段から現れた巨躯が皆の視線を吸い寄せる。 「苅嶋(かりしま)さん……」 夕彩の視線から逃れられたからか、振り返った男は安堵まじりに呟いた。苅嶋と呼ばれた男は全身を黒スーツでまとう、2メートル近くの巨体だった。きれいに剃り上げられたスキンヘッドにサングラス。眉は薄く、強面を一層際立たせる。対して、彼がしっかり襟首を捕らえている男は、どこにでもいそうな優男だった。ジェルで固めているらしい茶色の短髪。パーカーにカーゴパンツと、ダブつかせた服装ではあったが、その細面から察するに体付きは細そうだった。 「こいつが欲しいんだろ?」 苅嶋に軽々と放られ、優男は滑稽なくらい地を転がった。 「うっ」 呻いた彼の目元が腫れている。唇も切れていた。 「そっちの目的はこいつだろ? リョーセーに向けている物騒なもんは引っ込めてもらえないか?」 苅嶋の言葉に、はっと我に返った里亜は構えた銃を下ろした。目の前の男――リョーセーが舌打ちをしたが、聞かなかった事にする。それにしても、だ。 「かくまってるんじゃなかったの?」 怪訝に尋ねる里亜を、苅嶋は鼻だけで笑う。 「幼馴染ってだけだ。住居を与えてやっても、犠牲を払ってまでかくまう義理はない。守れなんて吐くもんだから2、3発殴ってやったんだ。ケツの穴を増やそうがミートパイにしようが、自由にしろ」 野太い声は重く響く。 「哀れね」 呟いた夕彩に顔を上げた優男――穎谷浩弐は突然、一縷の望みを見出したように歓喜の声を発した。 「ナミ!?」 ――ナミ? 里亜は振り返った。無表情の夕彩は穎谷を見下ろしたまま動こうとしない。 「ナミ! 助けてくれよ!」 地べたに転がったまま涙と鼻水にまみれた顔で必死に訴えかける様は、無様で正視に堪えなかった。 「知り合い…なの?」 静かに、夕彩の足が前に出る。呆気に取られた里亜を過ぎ、呆然とするリョーセーの脇を抜け、穎谷の前で立ち止まる。鼻をすすり、すがるような彼の目が彼女を見上げた。 「ナミ…っ!」 「たかが3回寝たくらいで、気安く呼ぶなよ」 夕彩の爪先が、彼の鼻頭を折った。
|
|