「――たびたび悪いんだけど」 言い難そうに割って入ったクリス。そう言えば時間が限られているのだった。 「あ、ごめんごめん。早速本題に入らなきゃね」 顔を上げた夕彩の口元は急に滑らかになった。 「じゃ、頼んどいた情報ちょーだい」 予想はしていたが――夕彩の差し出した手はクリスに向けられている。彼が情報屋であるのは良しとして、、里亜に映る2人はそれ以上に距離が近い。情報やとの間には必要以上に近づかないよう距離を保っている里亜にとって、それは奇異なものだった。 「穎谷浩弐の動向について、だったよね」 ようやく本題に入られた事で得られた安堵が、クリスの口調から容易に汲み取れた。「彼について言えば、ここ最近で突然有名になった人物だよ。理由はもう知ってるね。ストリートの人間からすれば、安くクスリを提供してくれるパイプだ、ずいぶんと歓迎されてる。その反面、密売でさばいているいくつかのグループからは、当然のように良く思われていない。ついこないだ、それ絡みで殺傷事件があったんだ。このまま行けば、夕彩が出るまでもなく穎谷浩弐はどこかのグループに処分されるだろうけど」 故意にクリスは語を切った。問いかけの代わりに、夕彩へ視線を投じる。 「悠長に待ってられるくらい、私の仕事は気長じゃないの」 微笑んだ彼女の答えは、彼の期待していたそれだったようだ。満足げに頷くと、再び口を開く。 「さっき言った殺傷事件は、ストリートでクスリをさばいていた人間が密売グループの人間にやられた事件だ。さばいていたのは穎谷浩弐のまったんだったわけだけど、今わの際にそいつが漏らした彼の居所は、売春に使われているどこかのホテル。グループの人間は血眼になって、ストリート中のホテルを探し回ってるのが現状だよ」 「ホテル?」 喉に異物感――引っ掛かりを感じた里亜は眉根をひそめた。 「何か心当たりある?」 夕彩に聞かれ、首を左右に振る 「神楽が突き止めた場所は安アパートだったのよ。ホテルなんかじゃなくて」 「それ、半分当たり」 バーテンダーという職業柄ではなく生来のものなのだろう、クリスは人当たりのいい笑顔を浮かべた。 「半分?」 言葉の意味するところに行き着けず、夕彩が問うた。そ、と短く頷いた彼は里亜と夕彩の顔を交互に見比べ、 「ここら一帯に屹立するビル郡が、無謀な都市開発の成れの果て――膨大な粗大ゴミの山だってのは知れてる事実。取り壊すにも1棟2棟という話じゃない、費用がバカにならないくらい――いや、バカみたいな額になるもんだから、今日まで何の手も付けられぬまま放置されてる。おかげでビル街は無法地帯。混沌とした世界が生まれ、拡大が続いて……」 「クリス」 唐突に夕彩が制した。 「何?」 中途半端に止められ、彼はいささか気分を害したらしい。 「話が長いってさ。要領を得ない話、嫌いなのよ」 「あ、なるほど」 夕彩が示した里亜の表情――辟易した顔を見て、クリスは空咳に喉を震わせた。おずおずと、 「ごめんなさい」 頭を下げた彼に、里亜は話の先を――要点の提示を促した。 「つまり、穎谷浩弐はどこにいるの?」 「ビルだけならここいらにはそれこそ、吐き捨てるほどある。要するに――」 とん。どこから取り出したのか、人差し指と中指の間に挟んだマッチ箱をテーブルに置く。軽い音がした。 「――この街では、看板だけがホテルを示しているとは限らないって事」 マッチ箱には『ARCADIA』とだけ、記されていた。
|
|