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葉崎Guardian(仮) 作者:ナコソ

第40回   Bonus Track:「To be continued...」

「――へえ、そんな事があったのか」
「さすがに死ぬかと思った」
「ははは! 良かったじゃねえか、無事に退院もできたわけだしよ」
 友人は笑いながら麻生の背中を叩いた。
 銃弾を体に打ち込まれてから半年以上が経った。
特にこれと言ってやる事もなく街をぶらついていた麻生は、前を通り過ぎようとしたボロボロなコインランドリーに友人を見付け、声をかけたのだった。ヘッドホンを首からぶら下げ、雑誌に読みふけっていた友人は、本来ならば高校の先輩に当たるのだが、学生時代に拳と拳で語り合った時から友人として接する仲だった。
「今何してんだっけ?」
 ランドリーにある、外観と同じようにボロな長いすに肩を並べて座る2人。目の前で、洗濯機が1台だけ轟音を鳴らしていた。
「DJで細々と。そうだ、今度イベントやるぞ」
 麻生に応えるや慌しく雑誌をめくった友人は、開いたページを差し出した。
「あ、これ知ってるわ」
 麻生が入院していた時、尋絵が興味を示していた場所だった。
「クラブとギャラリーが一緒くたになってんだろ?」
 彼女の言葉から引用。
「そう。そいでもって、この夏にでっけえイベントがあんだよ。コースケも来いよ。目に物見せてやっから」
「そんなにすげーの?」
「きっとすげー」
「そこは言い切れよ」
 突っ込んで、麻生のポケットで携帯電話が震える。開いたディスプレイに尋絵の名が映っていた。
「女か」
「見んなよ」
 覗き込んだ友人を肘で押しやって、腰を上げた。
「もう行くのか?」
「もしかしたら呼び出しかもしんねえし」
「そいつも誘ってイベント来いよ」
「ああ、考えとくよ」
「俺のカノジョも見れるぞ」
「見てどうすんだよ」
「俺と同じ、ストリートアーティストだ」
「へー」
「ぜってー来い」
「しつこい。その性格、もちっと直せよ」
「うるせ」
 とっとけ――友人から名刺カードをもらい、 ランドリーを出てもなお震える電話に観念して出た。
『アソー! 出んの遅ぇよ!』
「がなるなよ」
 鼓膜を突き破る尋絵の声音に顔をしかめ、住宅街を縫う幅の狭い道を、大通りに背を向け歩き出す。
『ちょっと聞いてよ! こないだ梨香と買い物行ったのね。もうじき井延さんが誕生日だってんで、付き合ったのよ。私も私で欲しかったものもあったし。ほら、前にアソーに見せた――』
「ほー」
 通話はきっと長くなる――確信めいた予感に、電池残量をチェック。
 たっぷり。
 ――電話代は向こう持ちだから、それに免じて。
「――あっと」
 適当に相槌を打っていたら、背後で女の声に振り返る。ショップの袋を持ったラフな服装の女が、くるりと体を半回転させ、数歩戻るとランドリーに入って行った。どうやら行き過ぎたらしい。
 ――あそこ使う人なんて珍しいのにな。
『――ねえ、アソーはどう思う?』
「いいんじゃね? ジーンズだったらバリエーション増えても構わねえだろ」
『そう思うよねー。買っておきゃ良かった』
 麻生浩介の十八番――他の事を考えていてもしっかり答えられる。
 幸輔は過剰に驚くのだが、簡単な事だ。人の話というのは、言わば一方的に流れ込む水流。頭をダムと考えて、そこに貯めていけばいいだけ。もちろんダムにも限界値はあって、決壊してしまうと何もできなくなる。
 そう説明しても、幸輔は頭をひねるのだった。
 再び歩き始める。右耳と右腕に疲れを感じ、左手に持ち替えたところで、前方に人影を見付けた。腰まで届く髪を揺らし、カラフルな塗料を散らせたデニムのつなぎ。眠そうなまぶたは忍足を想起させる。
 年齢は、どうだろう。幼く見えるが、童顔だからそう見えるだけかもしれない。
「ふあ」
 デニムのボストンバッグを重そうに引きずる少女はあくびをして、麻生とすれ違った。
 ――ちっちぇー。
 麻生の胸ほどしかない背丈だった。
 ――あいつのカノジョ、ちびっこいっつってたっけか。
 友人の恋人である確証などなかったが、思うだけならタダ、眠気とバッグの重さで頼りない歩幅と背中を目で追う。
『――アソーならどう?』
「俺ならうれしいね。使い込める小物って身に付けてるだけでいいし」
『じゃ、今度買ったげよう』
「もらえるもんなら何でももらっとくわ」
『もらえないもんって何よ』
「ゲテモノ」
 少女はランドリーのドアを開け、何事か呟くと中に消えた。
 友人の恋人かどうかはさておいて、知った仲である可能性は高い。ついさっきの会話の中で、友人のカノジョもまた、彼と同じストリートアーティストとやらだと聞いていた。ならば、イベントに行けば顔を合わせられる。
 友人の恋人――興味はあった。
「――なあ、ヒロ」
 止めていた足を踏み出し切り出した。
『私、まだ話し途中』
 不機嫌な反論をひらりと回避。
「前にヒロの言ってたイベント、行こう」
『……ああ、あれ? 行きたくなかったんじゃないの?』
 軽い驚きが返った。
「あん時は考えとくとしか言ってねえだろ」
『てっきり拒否られたのかと思ってたから』
「友だちが出るんだよ。行きたくねえなんて言ったか?」
 友人からもらった名刺カードをかざす。陽光の照らす麻生の目元を影がくり貫いた。
『へえ? アソーの友だちが。何て人?』
「名前?」
『それ以外の何だって言うんだ』
 ざっくり切り返され、『我楼(がろう)』と印字されたカードを指先でひっくり返す。
 視界の隅――2メートルほど先の塀の上で日向ぼっこする三毛猫を見付け、一瞬眼が合った。が、すぐに逸らされた。
「うわ」
『何?』
「何でもね」
『何だそりゃ』
 頭上のカードにひょっこり現れた友人の名を、舌に乗せる。
「えーっと――ストリートアーティスト、DJ AKIYA」
 すれ違いざま、三毛猫が短く鳴いた。
  にゃあ。









――――To be continued......


......to 【Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜】




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Novel Editor by BS CGI Rental
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