「――へえ、そんな事があったのか」 「さすがに死ぬかと思った」 「ははは! 良かったじゃねえか、無事に退院もできたわけだしよ」 友人は笑いながら麻生の背中を叩いた。 銃弾を体に打ち込まれてから半年以上が経った。 特にこれと言ってやる事もなく街をぶらついていた麻生は、前を通り過ぎようとしたボロボロなコインランドリーに友人を見付け、声をかけたのだった。ヘッドホンを首からぶら下げ、雑誌に読みふけっていた友人は、本来ならば高校の先輩に当たるのだが、学生時代に拳と拳で語り合った時から友人として接する仲だった。 「今何してんだっけ?」 ランドリーにある、外観と同じようにボロな長いすに肩を並べて座る2人。目の前で、洗濯機が1台だけ轟音を鳴らしていた。 「DJで細々と。そうだ、今度イベントやるぞ」 麻生に応えるや慌しく雑誌をめくった友人は、開いたページを差し出した。 「あ、これ知ってるわ」 麻生が入院していた時、尋絵が興味を示していた場所だった。 「クラブとギャラリーが一緒くたになってんだろ?」 彼女の言葉から引用。 「そう。そいでもって、この夏にでっけえイベントがあんだよ。コースケも来いよ。目に物見せてやっから」 「そんなにすげーの?」 「きっとすげー」 「そこは言い切れよ」 突っ込んで、麻生のポケットで携帯電話が震える。開いたディスプレイに尋絵の名が映っていた。 「女か」 「見んなよ」 覗き込んだ友人を肘で押しやって、腰を上げた。 「もう行くのか?」 「もしかしたら呼び出しかもしんねえし」 「そいつも誘ってイベント来いよ」 「ああ、考えとくよ」 「俺のカノジョも見れるぞ」 「見てどうすんだよ」 「俺と同じ、ストリートアーティストだ」 「へー」 「ぜってー来い」 「しつこい。その性格、もちっと直せよ」 「うるせ」 とっとけ――友人から名刺カードをもらい、 ランドリーを出てもなお震える電話に観念して出た。 『アソー! 出んの遅ぇよ!』 「がなるなよ」 鼓膜を突き破る尋絵の声音に顔をしかめ、住宅街を縫う幅の狭い道を、大通りに背を向け歩き出す。 『ちょっと聞いてよ! こないだ梨香と買い物行ったのね。もうじき井延さんが誕生日だってんで、付き合ったのよ。私も私で欲しかったものもあったし。ほら、前にアソーに見せた――』 「ほー」 通話はきっと長くなる――確信めいた予感に、電池残量をチェック。 たっぷり。 ――電話代は向こう持ちだから、それに免じて。 「――あっと」 適当に相槌を打っていたら、背後で女の声に振り返る。ショップの袋を持ったラフな服装の女が、くるりと体を半回転させ、数歩戻るとランドリーに入って行った。どうやら行き過ぎたらしい。 ――あそこ使う人なんて珍しいのにな。 『――ねえ、アソーはどう思う?』 「いいんじゃね? ジーンズだったらバリエーション増えても構わねえだろ」 『そう思うよねー。買っておきゃ良かった』 麻生浩介の十八番――他の事を考えていてもしっかり答えられる。 幸輔は過剰に驚くのだが、簡単な事だ。人の話というのは、言わば一方的に流れ込む水流。頭をダムと考えて、そこに貯めていけばいいだけ。もちろんダムにも限界値はあって、決壊してしまうと何もできなくなる。 そう説明しても、幸輔は頭をひねるのだった。 再び歩き始める。右耳と右腕に疲れを感じ、左手に持ち替えたところで、前方に人影を見付けた。腰まで届く髪を揺らし、カラフルな塗料を散らせたデニムのつなぎ。眠そうなまぶたは忍足を想起させる。 年齢は、どうだろう。幼く見えるが、童顔だからそう見えるだけかもしれない。 「ふあ」 デニムのボストンバッグを重そうに引きずる少女はあくびをして、麻生とすれ違った。 ――ちっちぇー。 麻生の胸ほどしかない背丈だった。 ――あいつのカノジョ、ちびっこいっつってたっけか。 友人の恋人である確証などなかったが、思うだけならタダ、眠気とバッグの重さで頼りない歩幅と背中を目で追う。 『――アソーならどう?』 「俺ならうれしいね。使い込める小物って身に付けてるだけでいいし」 『じゃ、今度買ったげよう』 「もらえるもんなら何でももらっとくわ」 『もらえないもんって何よ』 「ゲテモノ」 少女はランドリーのドアを開け、何事か呟くと中に消えた。 友人の恋人かどうかはさておいて、知った仲である可能性は高い。ついさっきの会話の中で、友人のカノジョもまた、彼と同じストリートアーティストとやらだと聞いていた。ならば、イベントに行けば顔を合わせられる。 友人の恋人――興味はあった。 「――なあ、ヒロ」 止めていた足を踏み出し切り出した。 『私、まだ話し途中』 不機嫌な反論をひらりと回避。 「前にヒロの言ってたイベント、行こう」 『……ああ、あれ? 行きたくなかったんじゃないの?』 軽い驚きが返った。 「あん時は考えとくとしか言ってねえだろ」 『てっきり拒否られたのかと思ってたから』 「友だちが出るんだよ。行きたくねえなんて言ったか?」 友人からもらった名刺カードをかざす。陽光の照らす麻生の目元を影がくり貫いた。 『へえ? アソーの友だちが。何て人?』 「名前?」 『それ以外の何だって言うんだ』 ざっくり切り返され、『我楼(がろう)』と印字されたカードを指先でひっくり返す。 視界の隅――2メートルほど先の塀の上で日向ぼっこする三毛猫を見付け、一瞬眼が合った。が、すぐに逸らされた。 「うわ」 『何?』 「何でもね」 『何だそりゃ』 頭上のカードにひょっこり現れた友人の名を、舌に乗せる。 「えーっと――ストリートアーティスト、DJ AKIYA」 すれ違いざま、三毛猫が短く鳴いた。 にゃあ。
――――To be continued......
......to 【Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜】
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