「――カギだな」 声に出して言わずとも、一見すれば即座にわかるような事を麻生は言った。目の高さまで摘み上げたそれをテーブルに放る。からからと、金属製のそいつは転がった。プラスチックの柄から伸びる、特有のギザギザを幸輔に向けて止まる。 「以上」 「……始めっから、見せただけでどうこうなるとは考えてなかったけど、こうもあっさり言われるとやる気も失くすね」 げんなりとぼやく幸輔の脇から、尋絵が手を伸ばす。 「この『015』って何だろ?」 プラスチックの柄部分にはめ込まれたプレートを差すと。 「コインロッカーの番号だろ」 またもや麻生の淡々とした物言い。 「こーちゃん……」 テレビを付け、ブラウン管を眺め始めた彼は幸輔の呼びかけに目だけを向けた。 「これが何のカギなのか気にならねーの?」 「コインロッカーのカギだろ?」 「どこのかって気にならねーの?」 「どっかのだろ」 「何があるのか気にならねーの?」 「何かだろ」 「うわあ、ラチあかね〜〜〜〜」 幸輔、テーブルに伏す。 「いきなりやって来たと思えばそれ見せて、これなんだと思う〜?って聞かれてもわかるわけがねーだろ」 「アソーの意見に一票」 ぴんっと真っ直ぐ尋絵の手が上がった。 「人間って、真っ直ぐ手を上げると自然に背筋も伸びるよね」 「そんなの聞いてねーし」 麻生からきっぱりと言われたが、幸輔にとっては慣れた事だった。というよりも、そんな事を気にするような性格ではなかった。 「いつも通りバイトの後、ランドリーに行ったんだよ――」 退屈そうに、麻生がテレビに目を移し尋絵がテーブルに頬杖をついた事などまったく意に介さず、幸輔は身振り手振りを加えて経緯を話した。1人で勝手に切羽詰ったヤクザがまるで窮鼠に見えた事、敵意も戦意も皆無な幸輔にナイフで切りかかった事、猫を噛み損ねた窮鼠は気勢を発したまま脱兎と化した事。後頭部を打った幸輔が意識を失った事。 「うわっ、こりゃひどい」 幸輔の頭に触れ大きなコブを確認した尋絵は、痛そ〜と唇を歪めた。 意識を取り戻した後、乾燥機に詰めた洗濯物に紛れて、カギはあった。 「ヤクザ、ね」 麻生の呟きは2人には聞こえていなかった。尋絵がコブを叩き、幸輔が悲鳴を上げている。 尋絵の友人、梨香の恋人はヤクザ。 幸輔の見付けたカギにも、ヤクザ。 嫌な符合だった。よくもまあ、2人そろって関わりたくない話を持ち込んで来たものだ。 「あのヤクザ、きっと命狙われてたんだよ。このカギを持って逃げて、いよいよ追い詰められたんだ。最後の悪足掻きでランドリーに飛び込んで、乾燥機に放り込んだっ」 ずいっと身を乗り出して熱弁した幸輔の額を、麻生は平手ではたいた。 「いてっ」 「想像力たくましすぎ」 「――もしかして」 テーブルのカギを注視したまま、尋絵がポツリ呟いた。 「その人、梨香のカレシ……」 「まさか」 語尾まで聞く事なく一笑に付す麻生。頭ごなしに否定されるなど当然気分の良いものであるはずもなく。 「どうして言い切れるのよ」 「どうしてそう思うんだ?」 尋絵が睨もうとも、麻生には効かなかった。 「梨香のカレシ、突然連絡できなくなっちゃったのよ。身分が身分なだけに心配にもなるでしょ。もしコースケの会ったヤクザがそうなら、連絡できない理由も見えて来ない?」 「見えて来ない。見えて来たくもない」 「梨香を巻き込みたくない状況にいるのよ。その理由が、このカギ……」 「なわけねーだろ」 尋絵の空想を真っ向から拒絶する。 「2人そろって都合良く想像膨らませやがって」 あまつさえ吐き棄てる。 「秘密文書のカギかもしれないじゃん!」 「コインロッカーに入れるかよ」 幸輔の額に2発目の平手打ち。 「――大変!」 ばんっ!――突然テーブルを叩いた尋絵に2人の視線が集中する。彼女は青褪めた表情で一層声を荒げた。 「梨香が狙われちゃう!」 「…………考えすぎだ」 ほとほと呆れ果てるくらいしか、麻生にはできなかった。 そしてその夜――
6月23日、火曜日の夜。 外は蒸し暑く、クーラーをかけたまま寝た夜。
――桜田梨香は襲われた。
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