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葉崎Guardian(仮) 作者:ナコソ

第4回   「火蓋/嚆矢」

「――カギだな」
 声に出して言わずとも、一見すれば即座にわかるような事を麻生は言った。目の高さまで摘み上げたそれをテーブルに放る。からからと、金属製のそいつは転がった。プラスチックの柄から伸びる、特有のギザギザを幸輔に向けて止まる。
「以上」
「……始めっから、見せただけでどうこうなるとは考えてなかったけど、こうもあっさり言われるとやる気も失くすね」
 げんなりとぼやく幸輔の脇から、尋絵が手を伸ばす。
「この『015』って何だろ?」
 プラスチックの柄部分にはめ込まれたプレートを差すと。
「コインロッカーの番号だろ」
 またもや麻生の淡々とした物言い。
「こーちゃん……」
 テレビを付け、ブラウン管を眺め始めた彼は幸輔の呼びかけに目だけを向けた。
「これが何のカギなのか気にならねーの?」
「コインロッカーのカギだろ?」
「どこのかって気にならねーの?」
「どっかのだろ」
「何があるのか気にならねーの?」
「何かだろ」
「うわあ、ラチあかね〜〜〜〜」
 幸輔、テーブルに伏す。
「いきなりやって来たと思えばそれ見せて、これなんだと思う〜?って聞かれてもわかるわけがねーだろ」
「アソーの意見に一票」
 ぴんっと真っ直ぐ尋絵の手が上がった。
「人間って、真っ直ぐ手を上げると自然に背筋も伸びるよね」
「そんなの聞いてねーし」
 麻生からきっぱりと言われたが、幸輔にとっては慣れた事だった。というよりも、そんな事を気にするような性格ではなかった。
「いつも通りバイトの後、ランドリーに行ったんだよ――」
 退屈そうに、麻生がテレビに目を移し尋絵がテーブルに頬杖をついた事などまったく意に介さず、幸輔は身振り手振りを加えて経緯を話した。1人で勝手に切羽詰ったヤクザがまるで窮鼠に見えた事、敵意も戦意も皆無な幸輔にナイフで切りかかった事、猫を噛み損ねた窮鼠は気勢を発したまま脱兎と化した事。後頭部を打った幸輔が意識を失った事。
「うわっ、こりゃひどい」
 幸輔の頭に触れ大きなコブを確認した尋絵は、痛そ〜と唇を歪めた。
 意識を取り戻した後、乾燥機に詰めた洗濯物に紛れて、カギはあった。
「ヤクザ、ね」
 麻生の呟きは2人には聞こえていなかった。尋絵がコブを叩き、幸輔が悲鳴を上げている。
 尋絵の友人、梨香の恋人はヤクザ。
 幸輔の見付けたカギにも、ヤクザ。
 嫌な符合だった。よくもまあ、2人そろって関わりたくない話を持ち込んで来たものだ。
「あのヤクザ、きっと命狙われてたんだよ。このカギを持って逃げて、いよいよ追い詰められたんだ。最後の悪足掻きでランドリーに飛び込んで、乾燥機に放り込んだっ」
 ずいっと身を乗り出して熱弁した幸輔の額を、麻生は平手ではたいた。
「いてっ」
「想像力たくましすぎ」
「――もしかして」
 テーブルのカギを注視したまま、尋絵がポツリ呟いた。
「その人、梨香のカレシ……」
「まさか」
 語尾まで聞く事なく一笑に付す麻生。頭ごなしに否定されるなど当然気分の良いものであるはずもなく。
「どうして言い切れるのよ」
「どうしてそう思うんだ?」
 尋絵が睨もうとも、麻生には効かなかった。
「梨香のカレシ、突然連絡できなくなっちゃったのよ。身分が身分なだけに心配にもなるでしょ。もしコースケの会ったヤクザがそうなら、連絡できない理由も見えて来ない?」
「見えて来ない。見えて来たくもない」
「梨香を巻き込みたくない状況にいるのよ。その理由が、このカギ……」
「なわけねーだろ」
 尋絵の空想を真っ向から拒絶する。
「2人そろって都合良く想像膨らませやがって」
 あまつさえ吐き棄てる。
「秘密文書のカギかもしれないじゃん!」
「コインロッカーに入れるかよ」
 幸輔の額に2発目の平手打ち。
「――大変!」
 ばんっ!――突然テーブルを叩いた尋絵に2人の視線が集中する。彼女は青褪めた表情で一層声を荒げた。
「梨香が狙われちゃう!」
「…………考えすぎだ」
 ほとほと呆れ果てるくらいしか、麻生にはできなかった。
 そしてその夜――


 6月23日、火曜日の夜。
 外は蒸し暑く、クーラーをかけたまま寝た夜。


 ――桜田梨香は襲われた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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