「そうです」 孫でなければ何だと言うのか。それに、細木の発言と矛盾する。まさか彼自身、忘れたなんて言い出すわけがないだろうが。 「けど、タケさんの血が流れてんだろ?」 「会長の子供です」 「子供ぉ!?」 突飛な言葉に麻生が仰け反る。 「会長は――逝った人の、こういった事を話すのは少しばかり心苦しいんですが――その……」 驚愕で硬直中の麻生をそのままに、伏目がちに歯切れ悪く、それでも細木は言葉を選び出した。 「……こちらの方が、やや見境なかったり、盛んだったりしまして」 巨体が躊躇いつつ小指を立てる姿は見るに滑稽だった。 「……そ、そうなの」 「で、社長ができてしまったという話です」 ふと思う。 「勅使河原――社長っていくつだっけか」 「今年で23です」 「タケさんは?」 「78です」 78−23=55 ――55!? 「……動くもんなんだな、腰」 「麻生さん、それは下世話です」 思考が先走ってしまうのだから仕方ない。 「社長の言葉、憶えてますか?」 と突然聞かれても、はてどの言葉かなんてわからない。 「どれ」 「麻生さんが会長の隠し子だという」 「……ああ、あれ」 腹を思い切り蹴られる直前、そんな事を言っていたような気もする。 「あれも本当です」 「まっさか〜」 笑い飛ばしてみたが、細木の瞳はそれを虚言とするには真剣過ぎた。 「……マジっすか」 「大マジです」 にわかには信じられなかった。 麻生には父親がいた。麻生が殺意を向けた父親がいた。麻生の前に、トラックに殺された父親が。 「身に覚えがねえよ」 「子種に覚えのある人間なんざいません」 正論。 「いやっ、でもよ……」 戸惑いうろたえ、混乱する麻生の頭は必死に反論を探ったが、細木の方が早かった。 「私なりに調べさせてもらいました。葉崎に関する情報収集は、三雲が一番得意としているものなんです。量も多く、確実な情報を集められるんです」 「そりゃ、すげー」 混戦する頭で茫然と応えた。 「こんな事、社長には言えなかったんです。しかし、麻生さんが隠し子だというのは直感的に悟ったんでしょう。麻生さんの父親が母親と出会った時、すでに麻生さんは生まれていたんですよ」 ――そんな話、一度だって聞いた事ねえしっ! 「あと、麻生さんと一緒にいた少年――」 「幸輔?」 「やはり」 どこに合点を見付けたのかわからず麻生は眉をひそめた。 「彼もまた、そうです」 「っはあ!?」 「さらに言えば、井延もそうなんです」 「オフクロー! 今俺、とんでもねえ状況にいんぞお!!」 「乱心するのもわかります」 フェンスをつかみ叫んだ麻生の肩に手を置く。 「だあ! メチャクチャだ!」 頭を掻き毟った彼にどこまでも冷静な口調で細木は続けた。 「社長を含めて、会長の過ちは5人います」 「5人の過ちとかゆーな」 「この5人、共通点があるんです」 試すように見つめられるまでもなく、すぐにわかった。 「全員、コースケだっつーんだろ?」 「そうです」 麻生浩介。 松原幸輔。 井延耕佑。 勅使河原――功祐。 「……あれ、もう1人いなくねえか?」 指折り数えてはっとする。麻生の頬が嫌悪感に痺れた。 麻生が潰された人物。笑顔。医者。ストーカー。 「林航助ぇ?」 「彼は無関係です」 間髪入れずに否定され、どこか損をした感覚。 「もう1人のコースケなんですが――見付からないんです」 言う細木の表情は変化に乏しく、彼の心中は探れなかった。 「消息がぷっつり途切れてしまってるんです」 果たしてそれが彼の感情をどの程度揺さぶっているのか。見付からないという結果で満足しているのか、それともまだ探し続けるつもりなのか。 「消えたのか、消されたのか――とにかく、会長の子供は5人いたんです。そして、ロッカーのカギ。社長があんなに執着したのは、遺書なんですよ」 「遺書」 反芻してみる。 「今現在、社長が三雲を取り仕切る立場にあっても、それはまだ代理でしかないんです。先代の社長――戸籍上の父親ですが――を殺してのし上がっても、正式な立場ではなかったんです」 ロッカーのカギ。固執。正式な社長。隠し子――話が見えた。 「その遺書に、跡継ぎが書かれてるってわけだ」 「そういう事です」 「タケさんに隠し子がいるって事、あいつは知ってたんだな」 「まさか4人もいるとは思ってなかったようですが」 「思い付かねーだろ」 勅使河原武行――麻生の知らなかったその一面。 老人は知っていたのだろうか。麻生が、幸輔が、自分の子供だという事を知っていた上で接していたのだろうか。 否――そんな風には思えなかった。 麻生にも、幸輔にも、トウゴにもコミュニティの人間にも、老人は等しく笑顔を振り撒いた。 老人の笑顔は等しかった。 「……結局のところ」 麻生は呟いた。 「根本は跡継ぎ問題じゃねえか」 とどのつまり、お家騒動。 「勝手に種蒔いといて、大いに巻き込みやがって」 今や人気のない裏口を見下ろす。一昨日の光景は鮮明に目に焼き付いていた。 「――ところで、麻生さん」 「あ?」 まだ胸を焼く思いを乱暴な物言いで隠した。視線を交わした細木が、わかりづらいほどの微妙さで笑ったように見えたから、涙を悟られてしまったのかもしれない。 「カギがどこのロッカーなのか、わかったんですか?」 その質問に白を切る事もできた。せめてもの抵抗として、こんな状況を生産してくれた子憎たらしい元凶をひっそり処分してやろうかとも考えていた。 「あー」 逡巡した麻生は、今こうして屋上から一望できる街を見渡して――決断した。 「もう少し待ってくれるか? そろそろ届く頃だから」 この街を守り続けようとした老人の意志とやらを、最期まで尊重する事を選んだ。
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