大東病院308号室は6台のベッドが並ぶ相部屋だった。ドア脇によるベッドが1台空いているのは、そこにいた少年がつい昨日、無事に退院したばかりだからだ。彼と仲の良かった向かいのベッドの少年は、新たに話す相手を見付けようともせずに、白いボディのゲーム機とばかり睨めっこしている。 窓際のベッドでは、両足にギブスをはめた老人のとなりで、老婆がナシを切っていた。開け放たれた窓から吹き込む涼しげな微風に、甘い匂いが乗った。その向かいのベッドはシーツが乱れたまま放置されている。デザイナーだと言っていた無精ヒゲの男は、タバコでも吸いに出たのだろう。 そして、部屋の真ん中で向かい合うベッドでは、2人の男が睨み合っていた。 少年がくしゃみした。 「……見てんじゃねえよ」 「見てねえよ」 「ガンつけてんじゃねえか」 「気に入らねえなら出てけ」 「そっちが出てけよ」 「生憎、血が少ないもんで療養しろって言われてる身なんだよ」 「ああそうかい。こちとらメッタ刺しにされたもんでよ。無茶すんなって言われてんだ」 言葉を返す代わりに手近にあった雑誌を投げ付け―― 「――ガキか」 宙で叩き落された雑誌が脇腹を強打。 「はうっ!」 麻生はたまらず身をよじった。呆れ顔で彼を見下ろした尋絵は向かいのベッドに笑顔を向けて、 「初めまして。秋野です」 「ああ」 麻生の時とは打って変わった明るい声で、井延が会釈する。 「梨香、すぐに戻って来るよ。話は聞いてる。俺がいない間、梨香が世話になったみたいで」 「とんでもない」 謙虚に手を振る尋絵に一言。 「何もしてねーし」 「黙れ」 指で腹を弾かれた。 「はうっ!」 「ケガ人はケガ人らしく大人しく寝てやがれ」 「……ひゃい」 麻生、涙目。 「――尋絵!」 「おっと」 尋絵の背中にぶつかって来たのは梨香。思わずよろめいた。 「アソーくんの見舞いに来たの?」 言いながら麻生に手を振って来た彼女へ、麻生もまた振り返す。 「……死ね」 井延が殺意を呟いた。 「そ、この男の見舞い」 「これ」 麻生の催促で差し出されたそれは、 「……これだけ?」 リンゴ1ヶ。包装ナシ。直接手づかみ。 「かじれるじゃん」 シャクッ! と皮ごと。 「……えー」 「文句?」 「滅相もございません」 尋絵の手から、ありがたくリンゴを戴いた。赤い球体を、どこか腑に落ちない思いを抱えて見つめる。尋絵が入院した暁には、抱え切れないほどのバラを贈ってやろうと決意した。 「梨香」 井延が不満顔で声をかけた。 「ん?」 「ちょっと外に出ようや。そいつの顔見てたら胸クソ悪くなった」 吐き捨てた井延の言葉を赤字覚悟で即お買い上げ。 「よーし、そんなセリフ二度と口に出せねえようにしてやる」 尋絵の指が弾く。 「はうっ!」 赤字のままに終わった。 「秋野さん」 ベッド脇の靴に足を突っかけた井延が尋絵に笑いかける。 「これからも、梨香をよろしく頼みます」 「もちろんです」 笑顔で首肯した彼女に笑みを深くし、 「じゃ――ごゆっくり」 「また後でね」 退室した2人の背中を、尋絵は内心戸惑いながら、麻生は中指を立てて、見送った。 「ガキか」 「あだだだだだだだだだだだ!」 指を逆方向に曲げられ、麻生はたまらずタップした。
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