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葉崎Guardian(仮) 作者:ナコソ

第35回   「大東病院308」

 大東病院308号室は6台のベッドが並ぶ相部屋だった。ドア脇によるベッドが1台空いているのは、そこにいた少年がつい昨日、無事に退院したばかりだからだ。彼と仲の良かった向かいのベッドの少年は、新たに話す相手を見付けようともせずに、白いボディのゲーム機とばかり睨めっこしている。
 窓際のベッドでは、両足にギブスをはめた老人のとなりで、老婆がナシを切っていた。開け放たれた窓から吹き込む涼しげな微風に、甘い匂いが乗った。その向かいのベッドはシーツが乱れたまま放置されている。デザイナーだと言っていた無精ヒゲの男は、タバコでも吸いに出たのだろう。
 そして、部屋の真ん中で向かい合うベッドでは、2人の男が睨み合っていた。
 少年がくしゃみした。
「……見てんじゃねえよ」
「見てねえよ」
「ガンつけてんじゃねえか」
「気に入らねえなら出てけ」
「そっちが出てけよ」
「生憎、血が少ないもんで療養しろって言われてる身なんだよ」
「ああそうかい。こちとらメッタ刺しにされたもんでよ。無茶すんなって言われてんだ」
 言葉を返す代わりに手近にあった雑誌を投げ付け――
「――ガキか」
 宙で叩き落された雑誌が脇腹を強打。
「はうっ!」
 麻生はたまらず身をよじった。呆れ顔で彼を見下ろした尋絵は向かいのベッドに笑顔を向けて、
「初めまして。秋野です」
「ああ」
 麻生の時とは打って変わった明るい声で、井延が会釈する。
「梨香、すぐに戻って来るよ。話は聞いてる。俺がいない間、梨香が世話になったみたいで」
「とんでもない」
 謙虚に手を振る尋絵に一言。
「何もしてねーし」
「黙れ」
 指で腹を弾かれた。
「はうっ!」
「ケガ人はケガ人らしく大人しく寝てやがれ」
「……ひゃい」
 麻生、涙目。
「――尋絵!」
「おっと」
 尋絵の背中にぶつかって来たのは梨香。思わずよろめいた。
「アソーくんの見舞いに来たの?」
 言いながら麻生に手を振って来た彼女へ、麻生もまた振り返す。
「……死ね」
 井延が殺意を呟いた。
「そ、この男の見舞い」
「これ」
 麻生の催促で差し出されたそれは、
「……これだけ?」
 リンゴ1ヶ。包装ナシ。直接手づかみ。
「かじれるじゃん」
 シャクッ! と皮ごと。
「……えー」
「文句?」
「滅相もございません」
 尋絵の手から、ありがたくリンゴを戴いた。赤い球体を、どこか腑に落ちない思いを抱えて見つめる。尋絵が入院した暁には、抱え切れないほどのバラを贈ってやろうと決意した。
「梨香」
 井延が不満顔で声をかけた。
「ん?」
「ちょっと外に出ようや。そいつの顔見てたら胸クソ悪くなった」
 吐き捨てた井延の言葉を赤字覚悟で即お買い上げ。
「よーし、そんなセリフ二度と口に出せねえようにしてやる」
 尋絵の指が弾く。
「はうっ!」
 赤字のままに終わった。
「秋野さん」
 ベッド脇の靴に足を突っかけた井延が尋絵に笑いかける。
「これからも、梨香をよろしく頼みます」
「もちろんです」
 笑顔で首肯した彼女に笑みを深くし、
「じゃ――ごゆっくり」
「また後でね」
 退室した2人の背中を、尋絵は内心戸惑いながら、麻生は中指を立てて、見送った。
「ガキか」
「あだだだだだだだだだだだ!」
 指を逆方向に曲げられ、麻生はたまらずタップした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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