桜田梨香(さくらだ りか)――尋絵の仕事で知り合った友人で、21歳。明るく元気なコだという。 「……ずいぶんとまた、つかみにくい人間像だな」 尋絵と梨香が知り合ったのは半年前。仕事場に新しく入って来た梨香に尋絵が声をかけ、2人はすぐさま意気投合し、その日のうちに居酒屋を4件ハシゴした。 「……すげー打ち解け具合い……ってか酒豪……」 3件目の居酒屋で通算7本目の日本酒(ビン)を空にしたところで、腹部は満腹感に満ち、血中アルコール度数も高くなって、酔いにお互いが気持ち良くなっていた。アルコールが饒舌にしていたせいもあるだろうが、梨香はポツリポツリと、恋人の話を口にし始めた。 「7本も!?」 梨香が恋人と出会ったのは高校3年生の頃だった。わんぱくな盛りだった彼女は日ごと夜遊びに徹底し、まだ付き合っていなかった恋人は、その時の遊び仲間の1人だった。男3人、女3人。同じ顔ぶれで夜の街を遊び歩く空気を存分に堪能していた。当時の事を、梨香はこう述懐する――5日間オールなんて、あの頃は若かったわ。 「寝ろよ成長期」 時を同じくして、梨香の住む街では暴行事件が多発していた。不定期で報道される凄惨なニュース。被害者の共通項は、全員高校3年生。学校はバラバラ。路地裏や人気のない公衆便所に連れ込み、事に及ぶという。犯人に至る有力な証言もつかめず、警察は苛立ちだけを募らせていた。被害者である女子高生たちから得られた情報は、犯人は背後から忍び寄ると薬品を染み込ませた布で口元を押さえ、気を失った彼女らを蹂躙するという手口のみ。最中に意識を取り戻した数人は、口の中に布のようなものを突っ込まれていたせいで助けも呼べず、目隠しをされていたせいで相手の顔や姿を見る事もかなわなかった。 「ひでーもんだ」 そして事件は起こった。 いつも通り夜遊びに興じていた梨香が1人、帰路に着いていたところを、その背後に忍び寄る影が…… 「んで、レイプされそうになったところを彼氏が助けたってんだろ?」 「……どーぉして最後まで話させてくんないかな」 心底落胆し、侮蔑を込めて麻生を目で責める。 「長ぇんだよ」 「これからが面白いってのに」 「本題を話せ」 「えー? 結論だけー?」 正直ムカついた。 「ところで、アソー。梨香の彼氏が今何をしてるか知ってる?」 「知るか」 「ヤクザ」 至極簡単に、尋絵は言い放った。 空咳ひとつ、麻生は立ち上がる。 「――今の話、俺は聞かなかったって事で」 「ひどっ!?」 尻を掻きながらキッチンに向かった麻生に何をするかと思いきや――ろくに狙いも定めずに尋絵は跳んだ。 ソファの背もたれを軽々と越えた彼女の手が、もがくように麻生のスウェットパンツを引っつかむ。重力に従い落下する体とともに、ずばっと足元に落ちるパンツ――足をもつれさせた麻生は顔面から突っ伏した。 ごっ。 「ひどいじゃない、アソー!?」 「どっちがだ!」 がばっと振り返る麻生の鼻は赤く、目には涙。 「もっと穏便に引き止められねえのかおまえは!?」 「彼女を助けてあげてよ!」 「これが頼む態度か!」 「それはそれ! これはこれ!」 「それもこれもあるか!」 ――ぴん、ぽ〜ん。 床に這いつくばって言い競う2人をドアチャイムが失笑する。 「放せ」 「嫌」 確固たる決意の瞳で尋絵。 「あっ」 スウェットパンツからするりと抜けてみせた麻生は、何やら叱咤する彼女を無視してドアに向かった。 がちゃっ。 麻生の目の高さで、やわらかい栗毛が頭頂で揺れる。顎を少しだけ引いて、視線を下に――松原幸輔がいた。 「――おはよう、こーちゃん! 今日は朝から大変だったんだよ。コインランドリーでいつも通り洗濯してたんだけど、そしたら…………」 よく回る彼の唇は、突然に止まった。幸輔の視線が麻生の下半身で止まり、麻生越しに何かを見付けたらしく絶句。幸輔が目を見開くほどのものがあったかと振り向いた先で―――― 上体を起こしシャツの中でブラの位置を直す、恥じらい顔の尋絵。 「……なに、その意味不明な行動」 麻生が冷ややかに呟いたのと、幸輔が我に返ったのはほぼ同時だった。 「ごめん! 邪魔したね!」 「まあ待てよブラザー」 元気溌剌ときびすを返し全速力で走り去ろうとしたその首根っこをつかむ。 「だって、まだ途中でしょ?」 しれっと言うその頭を、麻生は容赦なく叩いた。
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